先日行われた日本社会心理学会の「東日本大震災を乗り越えるために:社会心理学からの提言」で3人の話題提供者の1人として報告してきました.
最初の話題提供者の飛田先生は,福島でまさに被災した当事者として,現在進行中のさまざまな問題に対して,現実的にどのように対応し,またそのような渦中にあって研究者としてどうあるべきかという内省的なお話でした.私も大いに共感しました.しかしこれは,阪神・淡路のときも,やはり多くの在住の研究者が思ったことなのではないかと思います.その意味では,阪神・淡路から,生活者でもあり研究者でもある自分がどのように振る舞うべきかという問題は,何ら進展せず,そのまま残っているのだということを痛感しました.被災地在住の研究者が,どのように感じ,行動したのかをアーカイブ化しておくことは重要なことではないかと思いました.
3番目の中谷内先生は,特にリスク認知という点から,今後の人々のリスクを感じる閾値が高くなってしまうことが危険だといったお話をされました.従来の調整と係留のヒューリスティックという認知社会心理学の知見の応用ということになりますが,このような形で社会心理学が実際に役に立っているのだということを実感しました.
私は今,社会心理学というより社会学の方に身を置いている立場ですが,社会学の理論が比較的直接的な形で政策提言や人々の実践に結びつくことは,可能なのだろうと思いますが,意外に明示的なものは少ないように思います.そういった仕事ももっとあってよいのではないかと思いました.
この点,飛田先生が,最後の方で「ミドルマン」の存在について触れられていました.これはおそらく,社会学者ラザーズフェルドの提案に沿ったものだと思われます.社会学や社会心理学の理論と実践をつなぐ専門家がもっと育ってもよいように思いますが,どのようにしてミドルマンを育てるのかといったノウハウはあまり蓄積されていないように思われます.これは1つの課題でしょう.また,そういった人たちの需要があるならば,オーバードクターやポスドクがたまりにたまっている問題についても解決の糸口になるかもしれません.
私は2番目の報告でした.私が新潟県中越地震の前後で行ったパネル調査の結果と,そこから考えられる対策についてお話ししました.拙著『中越地震被災地研究からの提言:未来の被災地のために』は,このパネル調査やインタビューの結果をベースとして,何とか実践に活かしたいという思いから出させていただいたものです.今回は,対策の部分よりも実証部分の方にウェイトを置きました.
それはそれとして,私がこのシンポジウムに呼んでいただいたきっかけは,3.11の地震以降,私はすぐに現地への提言を自分のブログ(このブログ)を通して始めたことでした.これを関西学院大学の三浦麻子先生が日本社会心理学会の「東日本大震災を乗り越えるために:社会心理学からの提言と情報」で取り上げてくださり,そのような縁から今回の登壇へのお話につながっていったのだと思います.当初,すでに震災研究から身を引いている身として,場違いなことにならないかと心配もしたのですが,今後の復旧・復興につなげていくために,提言部分だけでなく,その背景となる実証研究の部分も含めてお伝えしたいと思ってお引き受けしました.やっぱり,フロアからは「過去の話?」とか「淡々としすぎ」という白い目も気にならないわけではなかったですが,過去との対比は必要だと思いお話ししました.あとでじわっと効いてくる話であったならばと思います.
さまざまな学会で,今,東日本大震災に関わるシンポジウムなどが開催されています.それぞれの学会が何とか貢献しようとされていることがわかります.しかし,それらを全体的にまとめることは課題だと思われますし,また,全体像をバランスよく考慮してうまく政策につなげていくことも必要なのではないかと思いました.
雑駁な話になってしまいましたが,シンポジウムをめぐる感想の記録として書きとどめておきます.
