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 先日(8月24日(水)),サイトウ・キネン・フェスティバル松本のプログラムの1つである「武満徹メモリアルコンサート XVI - ピーター・ゼルキン ピアノ リサイタル -」を聴きに行った.武満徹のメモリアルコンサートは,一昨年に次いで2回目だった.
 顔写真からそうじゃないかなと思っていたのだけど,やっぱりピーター・ゼルキンは,ルドルフ・ゼルキンの息子だった(プログラムにて確認).ピアノの音色は,クリアながらも厚みがあり,曲によって音色の使い分けをうまくやっているなという印象だった.

 1階席のやや前方,ステージに向かって中央からやや右手という辺りで聴いた.武光特有の間の取り方があるが,ピアノからの直接音の余韻と,ホールの残響とがブレンドされて,とても面白い音楽体験ができる何とも不思議な感じの位置だった.

 正直告白すると,この日の武光の曲については事前の予備知識はなしだった.素人同然で聴いたことになる.しかし,一音一音,一間一間が心まで染みわたってくるような感覚を覚え,深く感銘を受けた.強いて言えば,選曲の関係からか,曲種が類似していて,やや単調な印象もあったが,全体として非常に深みのある演奏を味わえた.ほとんど目をつむったまま聴いていた(寝てはないです).時折時空を切り裂く強打でハッとしながら.
 後半のベートーベンの「ディアベッリの主題による33の変奏曲」は,1時間にわたる演奏だが,各変奏(というより変容ですね)の表情の切り替えがはっきりしており,意図の伝わる好演だった.

 終わってみると,心浮き立つような華々しい感動ではなく,心にジーンと来る感動で,しばらく言葉を失ってしまった.

 最後に聴衆に一言文句を言うとすれば,武光の曲は,間が重要.そこで咳き込んだりされると興ざめもいいところだ.今回は,そういうことが非常に多くて鬱陶しかった.曲間はともかく,曲中の間で咳をするのは勘弁してほしい.気にしすぎると余計に咳き込んでしまうのだろうけど,咳を抑える練習でもしてから来てほしかった.なかなか難しい注文ではあるだろうが.


7月25日(日),サントリーホールで行われた日本フィルの親子向けのコンサートである「第36回日本フィル夏休みコンサート」(14時開演の部)に行ってきた.
これを演奏そのものについて,また,社会(学)的な観点から述べてみたい.

まず,すごいなと思ったのは,サントリーホールがほぼ満席だったことである.このチケットを押さえたのは妻だったが,昨年は少し遅れたら満席で取れなかったとのことで,発売とともに売れてしまうほどの人気らしい.
確かに,プログラムを見ても,よく練られている.オーケストラ曲,オペラ,みんなで歌う曲といった3部構成一つとっても,飽きやすい子どもたちのことをよく考えた作りである.
曲そのものは子ども向けかというと,そうではない.たとえば,オープニングは,チャイコフスキーのオペラ「エフゲニー・オネーギン」より「ポロネーズ」だったが,賭けてもいい,このオペラの題名すら知らなかった聴衆がほとんどだったと.チャイコフスキーが好きな私も,昔チャイコフスキーの「お勉強」をしていてかろうじて名前は知っているが,曲そのものを聴くのは全く初めてだった(オペラ嫌いだからというのもあるかも).その意味では,大人も「やられた」感があると思う.しかし,曲そのものは明快なもので,子どもたちがすっと入っていけるものだっただろう.
まあしかし,それ以外の曲は,明快で親しみやすいメロディをもった曲,小学生くらいになれば聴いたことのあるような曲で構成されており,よくできてるなぁと感心した.
休憩を挟んで第2部と第3部が続けて行われたが,第2部は「魔笛」.パパゲーノ(←ATOKもこれくらい一発変換してほしい)とパパゲーナが出てきて子どもたちも大喜び.ここでも子どもの心をちゃんと捉えていた.
それにも飽きてきた頃?には,みんなでオーケストラをカラオケに,手振りをつけて歌う曲3曲へと続く.子供心の機微を捉えている.(ただ,大人は半分くらいは乗れていない模様.)しかし,2曲目,近年の卒業式の定番らしい(と,妻に教えてもらった)Believeという曲は初耳.(誰でも知っている曲らしいが,私は,ポピュラー音楽にはほとんど無関心である.相当に偏屈である.)歌詞は社会学者好みではない(笑)し,曲自体はだらだらしていて凡庸である.明らかに小学生低学年以下に理解できる歌詞ではないので彼らが沈黙していたのは,改善の余地ありと思われた.それにしても,Believeに見られる気持ち悪いほどの浪漫主義は,自分にはunbelievableで,完全に沈黙を余儀なくされた.
歌って気分を取り直したところで,プログラム上の最後が「ダッタン人の踊り」であった.しかし...「えっ,最初からじゃないの?」 いきなりティンパニが出てきて3拍子が始まったときには,ずっこけた.いや確かにもう子どもの中には飽きちゃった子がいるかもしれない.でも,オーボエとイングリッシュ・ホルンのソロのないダッタン人なんて...クリープを入れない...,いや,このクリシェはいつぞやも使ったのでそこまでにするが,何とも口惜しい.
で,アンコールは,定番中の定番(書かないけど,子ども向けのコンサートでもあるわけだし,「あれ」しかないじゃないですか)であった.うちの子は,ここになって初めて大ノリ.いやー,あの曲って何で人心を完全につかんでしまえるのか不思議である.

われわれは舞台に向かって左手の舞台脇のあたりで,舞台から指揮者の指揮を見る形になる席だった.指揮者の梅田俊明さんは,終始にこやかで,しかし,堅実な棒さばきを見せていた.子どもの教育という点からすれば,奇をてらわず安心できる演奏内容だったと言えるだろう.
オーケストラのメンバーも,いつもの定番といった感じでリラックスしているようで,安心して聴けるものだった.


さて,この演奏会は,関東一円で10回にもわたって開かれるものだが,どこでもこんなふうに満員御礼状態だとすると,子どもの音楽教育・情操教育といったことに関心を持つ親は,ものすごい数なのだと思われた.コンサートにやってくる人々については,そのうち私も実証データの分析を出すつもりだけど,やっぱりおハイソな人々である.純粋に音楽が好きとかいうだけではないものがある.「これがブルデューのいう再生産の象徴的な現場だ.この国のおハイソ社会とおハイソ文化は,不況などものともせず続いていくのだ」と感じられた.ただ,われわれの実証データによると,おハイソな人々は,社会ネットワークを異なる社会集団に掛けていくという好ましい性質を持ってもいるようだ.これについても,またいずれ.

ところで,このコンサート,子ども向けとはいえプロのコンサートということになると思うが,私としては,昨年の木曽音楽祭以来のコンサートだったと思う.音楽好きではあっても,週末に松本とさいたまを往復する身としては,思いの外コンサートに行く機会はないものである.また,ふつうのコンサートだと,子どもは入場制限があるので,子どもを置いていくことになり,そんなにしょっちゅうおじいちゃん・おばあちゃんや託児所に頼るわけにもいかない.そういった向きには,親子コンサートというフォーマットは,クラシック好きの親の欲求とも絶妙に合致しているということに気づいた.もちろん,親子コンサートにブルックナーの8番全曲をやるわけにはいかないけれども(1楽章でも無理か...笑).
会場で配布されていたコンサートのチラシを見ていると,他にも何種類かの親子向けのものがあるようだ.こういった親子コンサートは,一組で2,3人になるわけで,集客効率としてもよいのかもしれない.すでに飽和状態なのかどうかは知らないが,ビジネスモデルとしてはうまくできているのかもと思った.
終演後,ロビーでは楽団員を囲んだQ&Aや,サイン会などが行われ,ある意味ではふつうのコンサートよりもずっとサービスがよかったとも言える.少子化の中,音楽を志す一定の人員を確保しようという明確な意図があるのだろうか.
ともかく,いろいろな側面で,面白い経験だった.「オレは何でも理解できるんだぜ」と物知り顔で聴くサイトウ・キネン・フェスティバルの「武満徹コンサート」もいいけれど,親子コンサートもアイディアの集合体であり,決して「子供だまし」などとバカにできないものだと感じられた.願わくは,「再生産」が緩和される形にするにはどうしたらよいのかといった点からも取り組みを期待したいが,それには,社会学者が,きちんと実態把握をしないといけないですね.それは,今後自分がやるべき仕事かもしれないと思ったりしているところでもある.
ブルックナーという作曲家の伝記と若干のブルックナー論をまとめたのが本書である.
春休みごろのことだが,池袋のヤマハに行ったときに,本のコーナーに行ったら,3冊くらいブルックナーにかんするものがあり,そのうち読みやすそうなものと思って買ってみた.

私がブルックナーを知ったのはわりと最近である.クラシック音楽のCDを紹介する雑誌を見ていて,自分がこれまでよく知らない人のものを買ってみようと思って,交響曲第9番(ヴァント指揮,ベルリン)を買ってみたのが始まりだった.(たぶんだけど,吹奏楽出身の人は,ブルックナーをやった人というのはほとんどいないと思う.そこから入ると,存在すら知らなくてもおかしくないように思う.)最初に聴いたときから,あまりのすごさに戦慄が走った.オルガン的なサウンドで,特にホルンの使い方がすごい(19世紀末という時期なのに6本も使っている).対位法がうまい.数小節程度のフレーズがいくつか執拗に繰り返されるのだが,それが何度も同じ雑念が頭をよぎるような効果を生んでいて,普段の私自身の雑念のパターンとマッチするような気がして共感できる.
私はブルックナーと同時代人のブラームスの交響曲が好きになれないのだが,ブルックナーは私的には「はまれる」音楽である.

しかし,ライナーノーツの言っていることがよくわからないと思うところも多かった.よくわからない筆頭が,ブルックナーは「弱い」といった記述であり,続いて,交響曲にさまざまな版があるということだった.そのあたりについて,すっきりしたいという気持ちが強くなっていた.そんなわけで,本書を読んでみようと思ったわけである.

本書の構成は,
序言
1.ブルックナーの問題点
2.幼・少年期のブルックナー
3.若い学校教師
4.聖フローリアンでの十年
5.リンツ大聖堂のオルガン奏者
6.ウィーン音楽院の教授
7.音楽都市ウィーン
8.両派の争いの間で
9.敗北と成功,そして死
10.ブルックナーの交響曲の植物的な統一
11.形成 関連 特性
12.改訂のジレンマ
・年表 証言 作品表
・訳者のあとがき

となっている.全体としては,前半部分が伝記,後半10章以降がブルックナーにかんする音楽論といった感じである.
読み終えてすでにずいぶんと日が経っているので,伝記部分で印象的なことといえば,不正確だとは思うがまとめると,だいたい以下のとおりである.幼少期には教師になるべく育てられ,非常にくそまじめで融通の利かない感じの性格であったということ.当時は教師になるには教会音楽について知り,オルガンをある程度弾けないといけなかったということ.ただし,そのような音楽は,いわゆる芸術音楽とは方向性が違っていたということ.しかし,ブルックナーのオルガンの演奏技術は抜きんでており,即興演奏なども得意としていたこと.かなり年を食ってからウィーンに出たが,元来社交が苦手で,ワーグナーとブラームスとの抗争に巻き込まれ流されたこと.自分の作品に絶対の自信が持てず,批判をおそれ,人に相談したりしながら改稿を続けたこと,またそのために版がいくつかある作品があること.権力に対する考え方が偏っていて,学校にこだわり,ウィーン大学の教授となることを求め続け,ついに実現したこと.彼の音楽は,ウィーンにおいてよりも他の都市において認められたこと.といった感じである.
そんなところから,彼の音楽で随所にオルガン的な響きが作られるのは,やはりオルガン奏者という背景があるからだということがわかってきた.
ブルックナーの「弱さ」とは,芸術家に必要なある種の高慢さ(「お前らにはこのよさがわからんのか!」といった感じ)がなく,批評家の批判に応えて改訂を加えるといったことをやってきたことにあるのだということがわかってきた.

私の関心は伝記的なところよりも,むしろ音楽論にあった.どの交響曲も何となく同じような雰囲気を持っており,冗長とは言わないまでも長大である.こういったブルックナーの音楽を著者はどのように分析し解釈するのかに単純に興味があった.もう少しいうと,そういった分析や解釈というものが,どの程度科学的であるかということに興味があった.今まで音楽論というものにほとんど接したことがないので,ほとんど何の免疫も持っていない.あるのは社会学(数理的・計量的社会学)という他領域で培った能力であり,そういう観点から音楽論というものがどのように見えるか,ということに関心があった.

しかし,結論から言うと,やっぱり理解不能だった.何といっても10章のタイトルにもある「植物的統一」である.ひどい揶揄なのかもしれないが,「草食系男子」「肉食系女子」とかいう社会学的に見てクソなふざけた概念(もちろんそれは社会学の用語ではない)と比べて異なる水準にあるといえるかかということである.「植物的」とはいったい何なのか.関連する部分を本書から拾ってみると,「[ブルックナーの交響曲に]肯定的な見解の人々は,ここに「植物的な統一」とでも形容されるべきものを認める.それは[否定的な見解の人々がいうように]固定観念への永続的な関連ではなくて,一つの根本理念への永続的な関連と見るのである.」(p.206) 「ブルックナーの全交響曲の,その相互に結びつけられた関連は単純ではない.それらが秩序づけられている構造は,大きな相互関連の深さを持つ,閉じられた世界を示している.」(p.206) このあたりですでにお手上げなのだが,
1.固定的観念への永続的な関連ではない,
2.一つの根本理念への永続的な関連である.
3.交響曲が秩序づけられている構造は,深い相互関連を持っている閉じられた世界である.
私は日本語の理解が深くないことは認めざるをえない.自分には国語力がないので文学者にはなれないことも認める.しかし,1と2でいうところの「固定的観念」と「一つの根本理念」は,何か根本的に違うのだろうか.素人的に思うことを述べれば,前者はあくまでも個人的で多くの場合あまり価値のない思いこみみたいなものであり,後者は一般的で普遍的に価値のある考え方といったものだろう.そんな素人的な考え方が認められるのであれば(あくまでも仮定の話だが),問いたいのは,そういったものの違いを区別するものは何かということである.「お前のような無教養なものにわかるはずがない」と言われるかもしれないが,個人的にはそういった言い方は逃げ口上のように思われる.むしろ示してほしいのは,ブルックナーの交響曲のどういったところに「固定的観念」ではなく「一つの根本理念」が表出されているのかを示すことである.とりあえず,本書に具体的な記述はないと思われた.しかし,「引用個所にあるように,これは「全交響曲」において表出されているのであり,個別的にどこだということは言えない」と言われてしまうかもしれない.いやしかし,それはやっぱり逃げ口上なのではないだろうか.

また,統一感というものがブルックナーの交響曲全体に感じられることは,私にもわかる.それは,異なる交響曲間で同じフレーズが鳴っていたり,ブルックナー・リズムと言われる音型が随所で鳴ったりすることである.それはそれとして,こういった統一は,なぜ「植物的」と呼ばれなければならないのだろうか.「植物的」という言葉の明確な定義は示されていない.また,それと対義語になると思われる「動物的」といった表現についての言及や定義はない.結局,統一感があることは示せても,それが「植物的」と呼ばれなければならない理由は見いだせなかった.こんなことでよいのか.
さらに,「もし我々がブルックナーの交響曲の基本的な成長の法則を理解しようとするならば,その立証が試みられなくてはならない.ブルックナーの音楽における,いわば「原植物」を見い出すことが問題となる.」(p.209)しかし,「その立証にもし成功したとしても,それによって「植物的な統一」を極めて明白なものとして体験することが,だれにでもできるというわけではない」(p.210)という.卒倒しそうである.しかし,そんなに難しいことなのだろうか.グレーベが本書で示していることは,基本的にはパターンマッチングだと思う.おそらくパターンマッチングをするための基本となる音型など基本となる各種のパターンのことを「原植物」と呼んでいるのではないかと想像されるが,しかし,それによって「原植物」というものが発見できたとしても,「植物的な統一」を体験することが誰にでもできるわけではないとは,あまりにも人をバカにしている.なぜ,我々には「植物的な統一」を体験できる人と体験できない人がいるのだろうか.これには,いくつか解釈が可能であろう.
1.グレーベという人は「神」であり,我々に対して神託を与えている.神託は理解できない人,洞察できない人がいて当然である.逆に言うと,神の言うことを意味はわからずともひたすら信仰できるかどうかが重要である.
2.この後続くグレーベなりの「分析」は,数学を使ったかのような記述が続く.特に,2:3やら,6:9やらといった比を用いた「分析」らしきことをしている.「数の象徴的意義という問題を深く追求しない人,数の神秘から全く遠ざかっている人には,数が音楽の構造に極めて大きな意義をもっているということは,殆んど議論の対象とはならないであろう.しかし,かつてのフランドル地方の音楽やバッハに至るまでのバロック音楽は,建築学的な性格を持っていた.」(p.208)とあるように,多くの人々は数学が苦手である.数学のわかる人にしか「植物的な統一」は理解できない.数学の証明問題の中でも難しいものは,世界に数人しか理解できないものがあるという言説があるが,これはそれに似ている.
3.とにもかくにも無茶苦茶な論理であり,実際にグレーベの分析はひどい.わかる方がどうにかしている.
私の意見では,3が正しい.それを論証してみよう.
1.まず,神がいるかどうかは別にして,グレーベは神ではあるまい.ただひたすら信じよ,長いものに巻かれよというのは,非科学的態度にすぎる.別に科学的である必要はないと開き直るならば,それは人々にひたすら信仰を強制するファシストのようなものであると言えばよいか.いずれにせよ,1のようなものではないだろう.
2.「数」というものは重要かもしれないが,論じ方があまりにも稚拙である.ちなみに私は数理社会学者であり,多少とも数学や数理モデルになじみがある.私の目は数学者ほどではないにせよ,それなりのセンスがあるものと自負している.以下では,論理破綻している点について指摘したい.
ベートーヴェンとブルックナーのそれぞれ9つの交響曲について,その関連性を描いた図が示されている(p.206, p.208).しかし,その根拠ははなはだ心許ない.曰く「もし我々が,化学者が分子に対してするように,この結合の構造を象徴的に表すならば,それは次のようなものにちがいない.」といった程度である.ただグレーベ自身がそのように思った・感じたという以上の理由はないのである.こんなものは,数学でも何でもない.数に対するイメージを語っただけで単なるまやかしである.
「古典派の音楽にとっては,「二」が基本的な数である.「二」は一義的な対称性を持つ偶数であり,明白な一目瞭然とした性格を古典派音楽に与えている.」(p.209)「「三」という数字は,ブルックナーの全作品で,殆んどとらえきれないほどの重要な役割を果たしているのである.」(p.208)「「三」という数字はあまり合理的でなく,また同時に,一義的な対称性をもっていない.その構造はより複雑である.要するに基本的な数としては,「三」は音楽を複雑にし,背景のある奥行きの深い眺望を与える.その構造と経過に「三」という数が決定的に作用している音楽は,そしてさらに2:3という関係が公式として支配的である音楽は,「二」という数字が支配する音楽よりも,見通しはよくないかも知れないのである.」(p.209)「2:3という公式が,ブルックナーの交響曲のあらゆる層において作用していること,それが動機細胞のような小さな部分でも,ここの楽章の形式構造でも,そして終極的には全作品の包括的な輪郭においても,作用していることが証明されて初めて,我々は「ブルックナーの交響曲の植物的な統一」ということを,正当に語ることができるのである.」(p.209)という.
動機細胞という点からは,ブルックナー・リズムが2:3であることが論拠とされる.これはまあよいだろう.とりあえずこういったリズムが散見されるのは確かである.
楽章の形式構造という点については,交響曲第7番の第1楽章の提示部について,それが明白な実例として取り上げられているのだが,曰く「この提示部は三つのグループからなるものである.つまり第一のグループは,和声から生まれた間隔をおいた音からなる主要主題である.」(p.216)「第二のグループは,全音階的な線的なインパルスから生まれた第二主題であり,これには和声は,いわば単につけられているだけである.そして最後に,簡潔な第三のグループであるが,その「偉大さ」は超人的な距離感を表現している.」(p.216)このあたりになると,かなり怪しくなってくる.提示部の9小節が3つの部分に分かれ,それが以上のような関係性を持っているのだという.しかし,例はこれ1つである.論証としては1例をもって「他にもいろいろある」と言ってしまうのは無理がある.例を挙げるだけでは証明になどならないのだが,いずれにせよ,科学的分析とは言えない.もっと言えば,自説を根拠づけるのに都合のよい例だけを挙げるという態度も納得できない.科学者としてなら相当にまずいことをやっていることになる.
全作品の包括的な輪郭については,交響曲を2群に分けている.第1群が3,4,5,6,7,9番の6交響曲と,第2群が1,2,8番の3交響曲である.そして,この分かれ方により,6:9あるいは2:3の関係があるのだという.(これがなぜ2:1ではなく2:3と呼ばれなければならないのかも疑問である.ブルックナー・リズムは2:3と言ってもよいと思うが,この場合,第2群は実質的には1の大きさしかないわけで,合わせて3というのは,言い訳がましい気がする.ともあれ,)その根拠が第1楽章の主要主題である.第1群では,根音,3度,5度,オクターブといった音を強調しているが,第2群はそうではないというところに区別の根拠を求めている.これについては,確かにあまりにも明白な気もするのだが,しかし疑義はある.まず,群の分かれ方が規則的とは言い難い.各群の交響曲の番号の並び方に規則的な美しさは感じられない.ブルックナー自身が,いろいろなものを数える人だったというエピソードによって数への執着を強調しているようであるが,この美しくない分かれ方は,グレーベの論を弱めているように思われる.また,常識的に考えてみても,ブルックナーが当初から9つの交響曲を書こうと思っていたかどうか,また,生涯に書くことになるであろう交響曲に対して当初から何某かの計画性を持って取り組んでいたかとなると,それは相当に無理のある仮説ではないだろうか.かたやワーグナーとブラームスとの抗争や,必ずしも成功しなかった自曲のプロモーションという状況にあって,初心があったとしても,それを貫徹できるような状況にはなかったと思わざるをえない.それができるなら,彼を「弱い」と表現することは相当に無理があるだろう.「三」とか「2:3」といった「公式」について,それは「彼の無意識の深層から出て来て,彼の音楽の成長に作用したものと仮定してよいだろう.」(p.217)とあるが,無意識とか無意識の深層というのは,完全に説明を放棄しているとしか思えない.現在の科学の水準においては(本書の書かれた30年前においても),無意識などというものを説明として使うのはギャグでしかない.
以上から,解釈の2については,数にかんする理解があったとしても,理解できるものではないということができるだろう.このように3つの解釈可能性について考えてみたが,消去法的に考えると,3の「とにもかくにも無茶苦茶な論理であり,実際にグレーベの分析はひどい.わかる方がどうにかしている.」というものしか残らない.現代風にいえば,グレーベの分析とやらは「トンデモ」仮説にすぎないとしか言いようがないと思われる.
さて,そんなわけで,音楽論というものについて,私はかなり怪しいと思うようになってきた.こんなものをありがたがって奉じ奉る必要など全くない.グレーベという人がどれほどの権威のある人なのかどうかは知らないが,私には雰囲気でものを語る人という悪い印象しか残らなかった.

こういったところから,私が考えた音楽評論のあり方は,以下のとおりである.
1.音楽構造の分析は,パターンマッチング的な手法で行っているようである.それはそれでよい.しかし,印象論にとどまらないように,最も明白な例だけでなく,少なくともいくつか例を示すべきである.それにしても,立証とか証明といった強い言い方をするべきではない.我々にできることは解釈に過ぎない.
2.1人の作曲家について,そもそも科学的に分析することができるのだろうか.ブルックナー・リズムについては私はあまり問題ないと思う.そういうパターンがブルックナーのさまざまな交響曲で散見されるというのは,例がいくつでも取れるので,科学的分析の俎上に乗るだろう.ただし,ブルックナー・リズムが独特であるというためには,他の作曲家と比べてこれの使用頻度が極めて高いことを実証すべきである.しかしながら,1人の作曲家について,その生涯に書いた交響曲全体に対してパターンを見出したりする作業は,あくまでも解釈にとどまると考えるべきであろう.それは,全体として1例に過ぎないからである.1例ではそもそも科学になりえない.作曲家というものは,同じ作曲家が2度と現れないということからしても,物理学において何かを予見させる例が1つ見つかったというのとはわけが違う.再現が不可能であるからである.比較的に他の作曲家との違いを分析することは可能としても,1例のためにそれを「植物的」だの「動物的」だの言ってみても仕方ない.それは何らかのイメージを喚起するかもしれないが(私には全く意味不明のままだったが),他との比較をもとに端的なイメージを与えるものでなければ,そのイメージには意味がないだろう.また,「植物的」という意味はよくわからないにせよ,おそらく「動物的」といった言葉と対になるのであろうと思う.つまり「植物的」という言葉は,2元論的な分類を想起させるものであるわけだから,他にも植物的という範疇に分類されるような作曲家がありうるかもしれない.そうだとすれば,「植物的」という比喩は,全体を2つに分ける程度の意味しか持たず,したがって,ほとんど何も解明したことにならないように思われる.もっとも,ブルックナーの同時代までの作曲家たちが「植物的」という範疇に分類される者が誰もいなかったというなら話は別であるが....しかし,本書においてグレーベは,交響曲全体の包括的分析としてはベートーベンとの比較しかしていない(しかもその部分さえ印象論に過ぎず,成功しているとは言い難い).論証は極めて部分的であるという印象を持たざるをえない.そんなわけで,どんな作曲家についてであれ,その人,その作品の全体的な傾向にかんする分析は,科学的に行おうとするならば相対的にしか行われえない.数が重要などと,いかにも科学を装うやり方,しかも,数理社会学という多少なりとも数学にかかわる者からすれば,極めて粗っぽい「数学的」論証は,読者を煙に巻いているとしか思われず,このようなやり方は忌避されるべきであろう.数や数学を持ち出さないで,単なる解釈だというなら大目に見たい気もあるが,ほとんど似非数学としか呼べないものを科学的な装いのために利用することは,非専門家をバカにしている気もするし,実際,数理モデルを扱う者を納得させるものではない.
全体的な感想としては,音楽評論家全体としてはどうか知らないが,一部には知ったかぶりをするような人がいるということであった.それでも少し救いの手をさしのべるとすれば,これは音楽評論に限ったことではなく,どの世界にもいるものである.私も日本社会学会だったかでひどい発表を聞いたことがある.詳細は忘れたが,社会の類型論か何かをするつもりだったかで,ある種の社会についてそれが「虚数のイメージ」だとか言っていた発表があった.当時私は血気盛んな若者だったので,「虚数とはどういう意味か」,「虚数はかくかくしかじかの性質を持っているが,その類型においては虚数のこの性質はどのように反映されているのか」などと,ぐうの音も出ないほどやりこめた覚えがある.ともあれ,何事においても,本当にきちんとした理解もないのに数学的装いを持ったまやかしの文章は書くべきではない.
グレーベの原典の出版から30年以上が経過している.音楽評論のあり方もずいぶんと進歩している可能性もあるが,周囲の音楽関係者たちから感じられるのは,社会学会などは比較にならないほど権威主義的で閉鎖的な領域であることである.こういう状態においては,出る杭は打たれたり,しがらみにとらわれたりと発展が遅い可能性もある.(ある意味うらやましいと思うこともある.大学の先生たちが演奏するとファンがついたり尊敬されたりする.私など研究室に配属されて半年も経たない学生に「辻さん」呼ばわりされる.全く威厳も何もあったもんじゃない.)もう少し新しい評論も読んでみたい.まだ諦めきったわけではないが,少し心配もしている.
ただ,これももう30年も前くらいかと思うが,ホフスタッターが,ショパンの幻想即興曲か何かの分析で,左手の8分音符の6連符に対して右手で16分音符8つが入るというような3:4の型がショパンの音楽には随所に見られるといった分析だったような気がする.しかし,それは数学的にはまともだとしても,「そんなもん,言われんでもわかってるわ.弾いていたら誰でも思うことやろ.」という感じの非常につまらない分析だったような気がする.音楽の構造を理解するのは基本的にパターンマッチング的手法が用いられるようだということはわかってきた.そういうことであれば,時間さえあれば自分にもできることかもしれない,などと思ったりもする.もちろん,暇はないのでやらないだろうが.しかしともあれ,分析をきちんとやれば,単なる解釈ではなく科学的になりうることもあるのだと思う.少なくとも評論家自身の単なる印象のようなものを,素人相手ならごまかせるというようなつもりで開陳しない方がよいと思う.それは人を惑わす知的詐欺である.
私にできる評論,できない評論があることもわかってきた.できる評論は,楽曲の構造分析である.暇があれば水準以上のものを出せるような気がする.しかし,できないのは,たとえば同じ交響曲の数多くの版を評価することである.これはどういうことを基準とすればよいのかがよくわかっていないから(自分では好みはあるが,それがどういうものであるかきちんと言語化できていないし,一般的にどういう点を評価基準にするべきかを知らないから)である.
先日同じ学部のF先生と飲んでいたときに,「究極の目標は数学で音楽を理解することです」と言ったら「そんなことできっこない」とばっさりと切り捨てられた.しかし,今の工学者たちがやっている音楽の分析は,これで何もかも解明できたというレベルには達していないものの(たとえば,大阪大学の沼尾先生の研究など),数学でできる部分はまだまだ残されているようには思う.最後までやり通すことはできないにせよ,最初から理性による到達を諦めるのではなく,理性によっても理解できない残余としてどういった部分があるかを明らかにしていくことが重要であるように思う.

 あれから半年。今日12月5日、第83回に引き続き、第84回の松本公演に行ってきました。うちの研究室のObのMさんの最後の雄姿を見に行ってあげないと、ということで行ってきました。
 でも、いきなり遅れてしまいました。雨が降っていることに気づかず、雨合羽を探していたら遅くなってしまいました。最初の「魔弾の射手」はロビーで聴くことになってしまいました。天気予報を全く見ていなかったです。前日まで2日連続で大学に泊まりで仕事をしていて、天気にまで注意が向いていない状態でした。
 ラフマニノフの「ピアノ協奏曲第2番」から聴き始めました。場所は、会場全体の中央付近から、やや後ろより、ステージに向かって左よりあたりでした。場所としてはよい席でした。
 ラフマニノフについて言えば、ラフマニノフ自身はあまりオーケストレーションがうまくありません。なので音が薄いです。私は、聴く前から、そこのところを心配していました。前回の演奏会では、オケの弦の薄さとピッチが気になっていました。弱奏部でピッチがおかしいとかなり痛くなってしまう可能性があるんじゃないかとか、弦が薄いとメランコリック感が出ないのではないかと心配しつつ聴き始めました。しかし、弦の人数が結構いたので、薄さはかなりカバーできていたようで、思った以上にメランコリック感も出ていたように思いました。変な言い方ですが、初心者もいるであろう学生オケですが、その不器用な感じが、ラフマニノフのメランコリックさに独特の味付けになっており、これがよい感じを出していたようにも思われました。多少残念だったのは、ホールの音響のせいか、あるいは、オーケストラが厚すぎたからかわかりませんが、ピアノの音がオーケストラにかき消されてしまうところが多々あり、ピアノの細かいフレージングが聞こえなくなるところがありました。さて、ピアノのアンドレイ・イエーメツは、この曲をさらっと弾いてしまいました。灰汁がなさ過ぎて「えっ、スルーかよ」という感じがするところもありましたが、技巧的には崩れることはありませんでした。ところで、私は、半年ほど前に、何年か前に録音された辻井伸行と佐渡裕の同曲のCDを聴いてがっかりしました。技巧だけでメランコリック感が全くないラフマニノフは、クリープを入れないコーヒーどころの話じゃありません。やっぱり、この曲は、色気を要するのだと再認識した次第ですが、この点について言えば、さらっとしているとはいえ、20代半ばのイエーメツの方がしっかりと恋の経験をもっているようでした。彼が30代半ばになったら、第3番も聴いてみたいかもと思いました。ともあれ、全体としてはまとまっており、特に第1楽章の中盤あたりは、ピアノとオーケストラの一体感があって、なかなか聴き応えのある音楽になっていました。
第1部のアンコールでは、イエーメツがショパンの「英雄ポロネーズ」を披露しました。ここでもやはり、技巧的にはしっかりしているが、さらっとしている感じが印象的でした。全く泥臭くならない。このようなリズムがあり、強奏もある曲なのにさらっとしている。「ああ、こういうことを是としているピアニストなのかもしれない」と思いました。あと20年経ったら、彼のポロネーズ第7番も聴いてみたいかも。
休憩時間には、Mさんを応援に来ていた社会学研究室の学生数名と会って少し話をしました。

さて、次はチャイコフスキーの「交響曲第5番」です。この曲は、私にとって相当思い入れのある曲で、5月にはそのことについてブログ記事を書いたりしていました。以前のブログに書いたとおりで、この曲は、私が生まれて初めてコンサートに行き、そこで第2楽章のホルンのメロディに心を打たれ、当時の憧れだった同じ吹奏楽部の女の子に、その第2楽章を吹奏楽に編曲して贈った曲でした。また、高校のときには、宝塚市の吹奏楽団で、この曲の第4楽章だけ演奏しました。そんなわけで、中学校のときにスコアを買って若い頭で読み込んでいますので、楽譜は相当細かいところまで頭に入っています。
このように、自分の中にいろいろと蓄積されたものがあるこの曲を、実際に生演奏で聴くと、自分がどんな反応をするのかが楽しみなような怖いような気がしていました。演奏が始まると、実際、頭の中で楽譜が動き出し、それが指先に伝わって、一緒にピアノで演奏しているような状態になってしまいました。控えめにしていたつもりですが、周りの人たちには、かなりキモかったかもしれません。周りの人たちごめんなさい。目は半分つむったままで、時々アインザッツを合わせるところでステージに目をやるというような感じでした。
演奏はといえば、よかったです。そりゃまあ、プロと比べてはいけませんが、オーケストラが、自分たちの曲にしていたという感じがありました。たぶん、この曲は、どのパートの人にとっても、やってみたい曲だと思うので、すごく熱心に練習できる曲だとは思うのです。また、チャイコフスキーは、オーケストレーションがうまいですし、適度な毒もあるので、演奏に没頭できるのだと思います。いろいろな要因があると思いますが、ともかく、細かいことを言わなければ、ちゃんと曲になっていました。しかも、低音に思いの外厚みがあって、サウンド的にはベルリン・フィル的な音づくりを目指しているのかなと思いました。
細かいところを指摘するとすれば...、第2楽章のホルンは、最初の音を外してしまったのはやはり緊張感に勝てなかったのかと思いますが、それ以降は、学生としてはおよそ及第点ではないでしょうか。あの優美なメロディを、しんどそうではありましたが、それなりの雰囲気をもって聴かせていたと思います。また、第4楽章のフィナーレは、指揮者の意向だと思いますが、金管楽器の鳴り方をコントロールして、ただガンガン鳴るだけではない抑制の利いた音づくりをしていたと思いました。金管の人たちは、もっと出したかったのでしょうけれども。指揮者に注文をつけるなら、ところどころであったかなり大げさなアゴーギクは、必要なかったのではないかと思いました。面白さよりも、曲の流れを損ねており、良質なパロディとは言えない気がしました。しかし、指揮者が学生の技量を把握していることもよくわかりました。第1楽章冒頭の「運命の動機」のテンポや、第2楽章冒頭のテンポは、やや速めに設定され、破綻が起きないように、しかし速すぎないように、うまいテンポ設定になっていました。また、同時に、あまり弱奏過ぎなくてもよいという指示があったのかもしれません。弱奏すぎると、管楽器のソリストが緊張しすぎて入りにくくなるからです。そのあたりは配慮されているなあと思いました。しかし、私的には、特に第2楽章冒頭の弦の2分音符の音量は、ちょっと大きすぎかなと思いました。そのあたりは、痛し痒しかなと。
しかし、全体として、よく練習し、よくコントロールされていると思いました。これだけできれば、聴いている側としては大満足でしたし、演奏している団員の人たちも満足度は高かったのではないでしょうか。
アンコールは、レスギンカ! 剣の舞ではなく、レスギンカ...笑 「いやー、おじさんにとっては、これ、懐かしいわー。」 この曲、私が中学生の頃は、吹奏楽コンクールの定番曲の一つでしたが、最近、めっきり聴かなくなった曲ですね。チャイコフスキーの第4楽章に完全燃焼し切れていなかった金管楽器が、ふっきれてめいっぱい吹いている姿に、笑いが止まりませんでした(もちろん、心の中での笑いです。本当に笑っていたら、キショイので)。コンクールで中学生がやると、ホルンが結構一番上の音を外すのですが、あれだけ吹きまくったら、外すこともないですね。
おじさんとしては、レスギンカでもう満足してしまい、その次はもうおなかいっぱい。うるさいばかりで、どうでもよかったです。

終演後、ロビーでObのMさんと、研究室一同で少し歓談しました。学生たちはプレゼントを用意していて、やっぱり、この研究室は、よい研究室であると思いました。その後、とあるレストランで、みんなとオムライスを(私はワインも)いただいて帰ってきました。
よい音楽とおいしいオムライス。そして、仲良しの研究室メンバー。心が幸せに満たされた数時間でした。

世は、民主党政権で、事業仕分け。「文化になんて金をかけるか」という姿勢がありありと見えますが、心が豊かにならない成長戦略っていったい...。そんなときこそ、学生オーケストラの存在意義が大いにあると思います。今日は、文化会館が超満員でした。学生だけでなく、老若男女、多くの人がいました。不景気で懐は寒い。松本市は気候も寒い。しかも今日は冷たい雨。そんな中、数百円でこれだけの演奏が聴けて心が満たされるのですから(しかも、私はMさんからチケットもらっているし...)。信大の、そして全国の学生オーケストラ、そしてアマチュア・オーケストラに、こんな時代だからこそ、さらに大きなエールを送りたいと思います。
univ-autumn01.jpg 科研の申請などに追われてあっという間に10月が過ぎていき、気づいてみると信州では秋が終わりかけていました。学内の木々の葉もすでにかなり落ちてしまっています。2,3日前くらいが見頃だったように思いますが、一気に落ちてしまいました。最後の美しい色を記録しました(10月30日午後2時頃、人文学部付近よりあずみホールあたりに向けて撮影)。

追記(11/2):
 それから週末を越すと,めっきり寒くなりました.ついに冬がやってきたという感じです.
 ところで,昨年信州にやってきて,その秋に思い出した曲があります.グラズノフの「四季」から「秋」です.今年も紅葉の最盛期だった1,2週間ほど前から,構内を自転車通勤しながらこの曲が頭の中をめぐるようになりました.
 この曲を知ったのは,高校の時に一時期だけ入っていた宝塚市吹奏楽団で取り上げたからだったように思います.それ以来どこかに忘れていた曲でしたが,信州の豊かな紅葉を見ていると,昔の記憶が蘇ってきました.
 ロシアの秋も信州の秋と似ているのでしょうか.ロシアに行ったことがないので(そもそもロシアといっても広いですし...)向こうの秋がどんな秋なのか知りませんが,信州のようにつかの間の秋なのではないかと想像します.秋が短いほど,秋に対する思い入れが強くなるように思います(少なくとも私はそうです).その秋の収穫を祝う賑やかさや紅葉の豊かさを,グラズノフは情感をもった短い曲にしたのだと思います.
 私の感覚では,今日のように寒い雨が降ると,もうこの曲が似合う短い季節は終わってしまったように思います.『名曲・名盤』などに取り上げられることのない曲ですが,知らなかった方も来年の秋にでも一度聴いてみてください.幸せな気分で秋の紅葉が楽しめると思います.
 最近「文化的イベント」の仕事をし始めて、あまりにも無知なのもどうかと思い、本屋で目に付いた
中川右介,2009,『世界の10大オーケストラ』,幻冬舎新書
を読んだ。新書なのに500ページもあるし、1300円もする...笑。

 この本は、中川氏が選んだ10大オーケストラの成立から現代までの変遷の様子が描かれているが、細かいところはともかくとして、どのオーケストラにおいても、2度の世界大戦で混乱しないことはなかったこと、指揮者と指揮者、指揮者とオーケストラ、政治家や実業家と音楽家、の間の友情・嫉妬・憎悪・権力闘争といった関係によって少なからず不安定な時期を経験していることがわかった。延々と500ページにわたってそういった話を読むのは、なかなかきついものであった。どの世界でも人間関係というのはどろどろしているものだが、「音楽界、お前もか」という感じであった。中川氏が何を描きたかったのかはさておき、私自身としては、音楽界でやっていくことの難しさがよくわかった。「音楽家を目指さなくてよかった」とも率直に思った。私のような人間には、そのようなどろどろした世界でやっていくことはできなかったであろうと。少なくとも社会学の世界の方が、まだマシそうである。少なくとも、私はそのようなややこしい関係をほとんど経験せずにやって来られている。かなり幸せな方であると思う。
 しかし、気になったのは、この本の「エピローグ」と「あとがき」の部分である。「カラヤンの死とベルリンの壁崩壊、そして東欧の民主化とドイツ再統一にソ連崩壊をもって、十のオーケストラの大きな物語も終わった。」(p.489) (チェコ・フィルについて)「かつては政変がなければ主席指揮者が交代しなかったオーケストラは、自由と民主主義を得ると、主席指揮者交代という点でも、他の多くのオーケストラと同じようになってしまった。[中略]トルストイの小説の冒頭の一節、「幸福な家庭はみな似ているが、不幸な家庭はそれぞれである」が思い出される。チェコ・フィルは幸福なオーケストラになったのである。いや、チェコ・フィルだけではない。どのオーケストラもみな幸福なオーケストラになった。」(p.499) そして「あとがき」に突入し、「昨今は、オーケストラに限らず、指揮者も、あるいはピアニストやヴァイオリニストといった独走者たちも、「個性がなくなった」と言われる。[中略]個性がないのは、みんなが幸福になったからなのだ。個性あるオーケストラ、個性ある指揮者が、戦争と革命の不幸な時代がもたらしたものだとしたら、それを生むためには、またも何千万もの人々が殺されなければならない。現在のオーケストラに個性がなくても、別にいいではないか。昔のような個性を聴きたければ、過去の録音を聴けばいいのだ。」とある。
 私は、上の引用部分については、いかがなものかと疑問を呈さざるをえない。まず、トルストイという権威をふりかざして、持論を強引に正当化しようとするようなところは耐え難い。しかもその後の持論は、内容としてもあまりにもひどい。オーケストラや指揮者の個性がなくなったのが、「戦争と革命の不幸な時代がもたらしたものだとしたら」というのは、仮定文の仮定部分だが、その仮定部分はおそらくほとんど根拠はないだろう。社会学的に言えば、戦争と革命があると(/ないと)オーケストラや指揮者の個性が生まれる(/なくなる)というメカニズムが全く提示されておらず(500ページにのぼる記述の中で、メカニズムについては一切明示的に述べられていない)、単なる思いこみとしか思えないのである。結論的には、中川氏は、オーケストラも指揮者ももはや個性的でなくてもよいとは言うものの、個性を生むためには、戦争で多くの人々が殺されなければならないというのは、言論の自由ではあるが、あまりにも行き過ぎで洒落にもなっていない。
 まあ、筆が滑ったのだろうと思うことにしたいと思うが、それにしても、現代のクラシック音楽界は、個性がなくなってしまったのだろうか。それもまた、言い過ぎであるように思うのである。指揮者や音楽家たちが「平和ぼけ」している程度がどれほどなのかは知らないが、平和ぼけしていることと個性がなくなることとは、直接的な関係はないように思える。(少なくともこの種の言明は、事実上ほとんど検証不能であると思える。)実際、私は、現代の音楽家たちに個性がなくなったとは全く思えないのである。たとえば、私は、先日、木曽音楽祭の数日前にリハーサルの現場を訪問したときに、ある演奏家の方と(他の人たちも交えて)数分間話をする機会があった。彼は明るく裏がない雰囲気を持っていたが、それは数日後に彼の演奏を聴いたときにも、そのまま現れているように感じられた。音楽そのものもそうだし演奏するときの体の動きも、話をしたときの彼の雰囲気と合致していると感じられたのである。彼はおそらく私と同世代である。戦争は経験していない。しかし、彼自身のそれまでの人生経験・音楽経験は、彼自身の音楽となって表現されていたと感じられたのである。もう少し前の経験だと、6月にツィメルマンのリサイタルを聴きにいったとき、彼の演奏するシマノフスキの「ポーランド民謡の主題による変奏曲 作品10」は、本当に素晴らしかった。シマノフスキは第1次世界大戦を経験している。ツィメルマンは戦争を経験しているわけではない。しかし、同じポーランド人であるからだろうか、ツィメルマンは、ポーランドがシマノフスキの時代以前から経験していた占領の歴史をえぐるかのように陰鬱とした世界を表現しており、しかもそれが、現代のわれわれ聴衆にさえ訴えかけるような、強い説得力を持った演奏であった。もちろん、曲自体に力があるかもしれない。しかし、あれほどまでに心を打たれたのはなぜだろうか。それは、ツィメルマンが現代的な個性をもっているからこそ、現代人である私に訴えかけてきたのではないかと思うのである。単に楽曲を冷静に分析して普遍的・客観的な演奏を目指していたのなら、あのように訴えかける演奏はできなかったのではないかと思うのである。(蛇足だが、私個人としては、モーツァルトのアカデミックな古楽器演奏などには、ほとんど心を動かされることはない。また、フルトヴェングラーのCDを聴いて、確かによい演奏だけど「古い」と思うタイプである。別に私は音楽家でも音楽評論家でもないので、好きなように(偏向して)音楽を聴くだけの人間である。)おそらくは、冷静に楽曲を分析をした上で、ツィメルマンという現代人の中で彼なりに解釈された上で表現されたものに、私は感銘を受けたのだと思うのである。
 「今の子たちって本当に...」といった批判はいつの世にもあるようである。「現代の音楽家には個性がない」というのも、そういった言い方の1つなのかもしれない。「今の子たち」を批判する人は、自分の過去を美化するか忘れている、あるいは、自分のすごさを誇示しようとしている、あるいは、細かい違いを(意図的にか非意図的にか)見ないで過度に十把一絡げにする傾向がある、あるいは、かなり超越的な領域に到達している(と本人だけは思っている)、といったあたりのことが多いように思われる。現代の音楽家が「個性的でない」というのは、相当に厳しい批判であると思うが、それは、どういったところから来ているのだろうか。少なくとも、音楽家の細かい違いが見えないというのなら、音楽評論家としてはつとまらないように思う。
 少し自分の領域である社会学において反省的に考えてみると、現代の社会学者たちは、19世紀後半から20世紀初頭の社会学者に比べて個性的でなくなっているかというと、それはないと思う。確かに過去の文献を引用しながら、巨人の肩の上に乗って仕事をしているという点では、どんどん小さくなっているという見方もできるかもしれない。端から見れば、関心の近い2人の研究者の違いなど全くわからないかもしれない。(たとえば、私とある本の翻訳をしたT氏とは、同じ大学院の出身だが、われわれ2人は、関心も感性もかなり違うと私は自覚している。しかし、端から見たら、同じようなのが2人いるとしか見えないかもしれない。)しかし一方で、対象を見るための側面を新たに見つけようとしたり、より詳細・繊細に対象を分析したりするようになっている。その点では学問ははるかに進んでいるし、研究者は個性を競い合っているように思える。
 今のところ、「社会学(者)評論家」という人がいないことは幸いなことであると思う。もし、そのような職業の人がいて、自分では社会学そのものの実践には手を染めないのに社会学者を批判して、「最近の社会学者は個性がないね」とか言われたら、相当にむかつくだろうと思うのである。音楽家という人たちはそういう世界で生きているのだなと思うと、非常にたいへんなことだと思う。やや自虐的に言えば、社会学者でよかったと思う。最近は大学院修士課程くらいでは、誰に師事するかなんてことよりも、どこの大学に入るかみたいなことで決めようとする人もいるようである。ほとんど学者の仕事そのものには注目されていないのだと思う。院生候補生でさえそのくらいだから、世間からなどほとんど注目されていないのだろう。だからこそ、好きなことができて批判されることもないのかもしれない。(んー、ここまで自虐的に書くのは初めてかも...笑)
 音楽界というのは、端から見ると華やかな世界であるが、そこに身を置いている人にとっては、なかなかたいへんなのだろうと思う。しかも、マスコミや評論家が、ちょっとしたことをスキャンダラスに報道し、傷口を広げる役割を果たす。輪をかけてたいへんだと思う。ここまでさんざん批判してきたが、中川氏の失地回復を図る材料もある。それは、随所で、「ここはこのように言われているが、それはある立場から見ればのことであって、別の立場から見れば、そのようには見えないかもしれない」といった書き方をしていることである。そのような記述には、評論家としてなるべく偏らない立ち位置の取り方を考えておられると推察され、好感が持てた。
 ともかく、この本で、音楽界の人々のネットワークがどのようなものであるかを概観することができた。私が翻訳したリントン・フリーマンの『社会ネットワーク分析の発展』も、ネットワークの研究者たちが、大学を移動しながら、空きポストに次の人が入り、そして知が継承・発展されていく過程が描かれている。この本は10大オーケストラの紹介が本来の目的なのだろうが、結果的に、私には音楽界のネットワークの記述のように感じられた。いろいろなライバル間の確執や権力闘争も、きちんとネットワーク分析してみると、説明がつくところもあるのではないかと思う。そうすれば、歴史(特に戦争)だけが個性を育むといった解釈とは違ったものが生まれてくる可能性があるのではないかと感じられた。
 500ページも読んだのである。まだ書きたいことは山のようにあるのだが、仕事に戻らなければならないので、とりあえず、このへんで一度終了。もう午前1時だが、もう一仕事するとしよう。今日はこのまま徹夜かな...苦笑。お気楽な仕事です。
 昨日のサイトウ・キネン・フェスティバル「武満徹メモリアルコンサートⅩⅣ」に引き続き、今日は木曽音楽祭「フェスティバルコンサートⅢ」に行ってきました。今日は1人ではなく、卒論生のmさんを伴って行きました。先週火曜日に、お手伝いのため行きましたが、今日は実際にコンサートを聴けるとあって、楽しみです。木曽福島駅まで各停で行き、そこから臨時のバスで会場の木曽文化公園文化ホールに行きました。到着すると、野外でアルペンホルン4本の演奏が行われており、昨日の街中のコンサートとは違って、山に来たのだという感じでした。また、木曽漆器などのお店のテントが並んでいて、縁日という感じの雰囲気でした。
 今日も、昨日までは来られるかどうかよくわからない状態で、昨日になって予約を入れました。会場に到着して、当日券売り場でチケットを受け取りました。そこに、事務局を担当されているMさんもいらっしゃって挨拶しました。
 また、先日うかがった際に出会った学生ボランティアの人たちも、明るくきびきびと働いておられ、このような裏方のお仕事をされながら、音楽祭を支える情熱を感じました。
 木曽音楽祭で気になることと言えば、われわれの「文化的イベントの心理・社会的影響に関する調査」のアンケート用紙(緑の用紙)に、どのくらいの方が回答してくださっているかでした。Mさんに様子をうかがったところ、それまで2日間で結構取れているとのことで、安堵しました(まだ具体的な数を数えてはいないようでしたが)。実際、開演までの時間や、インターミッションの時間などに回答してくださっている方々がたくさんいて、心の中で手を合わせました。もし、このブログを読まれて、回答し忘れたという方は、そこに載っているFAX番号まで回答をお寄せいただければ幸いです。

 さて、今日のプログラムは、次のとおりでした。

○ ビゼー=山本眞編曲:カルメン~管楽九重奏版による~
○ レスピーギ:夕暮れ~メゾ・ソプラノと弦楽四重奏のための抒情詩~
○ プーランク:ピアノと管楽器のための六重奏曲
○ メンデルスゾーン:弦楽八重奏曲 変ホ長調 op.20

 1つずつについて述べると冗長になるので、1つだけ。
 今日の個人的な期待は、レスピーギでした。レスピーギといえば、いわゆる「ローマ3部作」があまりにも有名で、その他、ややマニアで知っているとすれば、「リュートのための古風な舞曲とアリア」と組曲「鳥」ではないでしょうか。私もそれ以外の曲は知りませんでした。また、レスピーギといえば、ローマ3部作のようなオーケストレーションのうまさですが、弦楽四重奏+メゾ・ソプラノというのが意外な気がしていました。しかし、期待以上と言いますか、「ああ、レスピーギってこういう側面もあるんだ」という発見がありました。オーケストラではないものの、内声や低音の動かし方が独特で、やっぱりレスピーギだなと思わせるところがあり、また、「ローマの噴水」などの繊細な描写とはまた違って、非常にエモーショナルな作品で、それを演奏する5人の演奏家たちも非常に説得的な演奏を聴かせてくれました。私にとっては、この曲が一番の収穫でした。レスピーギといえば、何かとイタリアのファシスト政権との絡みのようなことが言われますが、この曲に関する限り、そのような影は見られないように思えました。純粋に感動できる曲だったと思います。

 木曽音楽祭のこれまでのプログラムを見ますと、あまり一般になじみのない曲が多く取り上げられていて、マニアックな感じがします。しかし、今日は4曲中2曲はメジャーな曲だったこともありますが、あまり知られていない曲も、それほど難解なものではなく、よく練られたプログラムだなと思いました。Mさんへのインタビューからは、この音楽祭はリピーターが多いとのことですが、夏の信州・木曽を味わいながら、よい音楽を楽しめる、たいへん贅沢な音楽祭であると思いました。ここから特急だと40分ほどの松本市でサイトウ・キネン・フェスティバルも平行して開催されていますが、木曽は木曽の独特の雰囲気があり、とても心地よい音楽祭だと思いました。
 ただ、1つだけ思うのは、帰りの木曽福島駅行きのバスが終演後10分で発車するというのは、いかがなものかと思いました。余韻に浸る間がありません。また、そんなに急いで木曽福島駅に着いても、列車はすぐに来るわけでもなく、もうちょっとゆったりしたバスの運行をお願いできればと思いました。
 ともあれ、「小さな町の素敵な音楽祭」というコピーのとおり、手作り感のある暖かいコンサートでした。
 最後に、繰り返しになりますが、「文化的イベントの心理・社会的影響に関する調査」のアンケート用紙を提出し忘れた方は、アンケートの末尾に載っている信州大学のFAX番号までお寄せください。2枚ともお送りいただいても、木曽音楽祭の分はそちらにお送りいたします。どうぞよろしくお願いいたします。
 現在、私は、同僚の長谷川先生とともに「文化的イベントの心理・社会的影響に関する調査」という調査を始めたところです。その「文化的イベント」の1つとして「サイトウ・キネン・フェスティバル」も取り上げます。8月中旬から9月初旬にかけて断続的に行われるこの巨大なイベントには、何百人という人たちが関わっています。これまで、「サイトウ・キネン・フェスティバル松本実行委員会」で事務局長のK氏に話を伺ったり、われわれの調査計画について、K氏や「SKF松本ボランティア協会」の要職にあるA氏とも相談しながら、準備を進めてきています。
 今日は、1人のオーディエンスとして、そしてまた調査の仕方について、どのようなやり方が適当かを考えるために、「武満徹メモリアルコンサートⅩⅣ」に行ってきました。調査の仕方とは、今後、いくつかのコンサートで、オーディエンスの方への調査を行いたいと思っているのですが、その調査の実施方法のことです。オーディエンスとして音楽会を楽しみながら、どのように調査を行えば、あまり妨げにならないのかを考えたいと思ったのです。

 今日の午後は、大学にてレポートの採点などをしていました。目を使いすぎたのか肩がこってしまい、コンサート前なのにやむをえず鎮痛剤を飲んでから行きました。音楽会の前に神経に作用する薬を飲むのは何かイヤな感じです。しかも、大学からハーモニーホールまで自転車という荒技...笑。自家用車がないので、こういうときには堪えます。
 実は前売りを買っていなかったので、当日券を求めて6時前に行きました。しかし、意外によい席も残っていて幸運でした。ほとんどが発売日に売れてしまうという話でしたが、さすがに現代音楽は、やや厳しいのかもしれません。
 チケットを手に入れてからも時間があったので、ふらふらしていると、K氏やA氏にもご挨拶することができました。
 ホールの中に入ると、ボランティアの方々がたいへん一生懸命に、また手際よく仕事をされていて、ボランティアの方々の情熱がすぐに伝わってきました。オーディエンスの方々もボランティアの方の心配りによって心地よく過ごされているようでした。ロビーでは、グッズや出演者のCDなどがたくさん販売されていました。しかし...プログラムが2千円...私には若干痛かったです。ただ、内容は、よくあるおざなりな1千円プログラムよりははるかに充実していると思いました。

 曲目は、以下のとおりでした。
○ 武満徹 : 径(みち) -ヴィトルド・ルトスワフスキの追憶に-
○ 武満徹 : 揺れる鏡の夜明け
○ 猿谷紀郎 : すさのつらなり
○ 武満徹 : ヴァレリア
○ 原田敬子 : 消失点 II - b
○ 武満徹/細川俊夫編 : ア・ストリング・アラウンド・オータム

 私は、中学校の頃から現代音楽を「ときどき」聴いていましたし、武満徹のCDも2,3枚持っていますが、今日の曲目はどれも初めてでした。たぶん、現代音楽リスナーとしては、ビギナーに毛が生えた程度かと思います。よって、個別の曲の感想は差し控えたいと思います。たぶん、評価するほど耳が肥えていませんので。鎮痛剤も飲んでいましたし...笑。しかし、全体的な感想を少しばかり。
 現代音楽って、見て楽しむものだと思いました。プログラムの曲目説明にもありましたが、作曲者が、響きを考えて楽器の位置まで決めて書いている曲もあります。CDなどでは、そのあたりの位置関係がよくわからず、楽しみは減ってしまうのではないでしょうか。実際、「ヴァレリア」では、ピッコロ2本が左右に離れて座っているのですが、最初にピッコロが鳴ったときに、その音が鮮烈でたいへん驚きました。
 曲によって、かなり自由な楽器編成になっています。電子楽器もあります。1つ1つの楽器の音は知っているつもりでも、さまざまな奏法があり、それぞれに独特の音が鳴ることが面白かったです。同時に、現代音楽の作曲家というのは、たいへんだなと思いました。楽器ごとのさまざまな奏法と音色を知った上で、それらを組み合わせたらどういう音になるのかを(おそらくは)想像しながら書いていくのだと思います。また、今日のプログラムは小編成の曲ばかりでしたが、小編成であっても、多彩で、だれず、次々と展開していく曲作りは、なかなか厳しいのだろうなと思いました。しかし、いずれの曲も、それぞれに面白く、これまでに、室内楽では寝てしまうことが多かった私としては、ずっと目を開きっぱなしの状態に保てたというのは、曲と演奏が魅力的だったからというほかありません。
 武満徹以外の作曲家の作品が2つ演奏されました。いずれも、武満徹の曲と違うなと思われたのは、曲がはっきりしていたことだと思いました。「秋庭歌一具」を引き合いに出すのはやり過ぎかもしれませんが、武満徹の曲にある独特の隙間のようなものがないところが、その違いだと思いました。それらがより現代の曲だからなのかもしれませんが、ちょっとがんばりすぎかなという感じもしました。隙間という意味では、武満徹の「径」は、トランペットの独奏でしたが、ミュートを出し入れしながら演奏するその隙間とノー・ミュートからミュートを挿入する間のホールの残響がとても素晴らしかったです。(一度、ミュートを入れるのを外しかけたのも聴衆の意表を突く感じで、図らずもいっそう独特の隙間を作っていたのではないかと思いました...笑)ともあれ、2人の作曲家ご本人も来ておられて観客席におられましたが、曲が終わると、演奏者から作曲者に向けて暖かい拍手が贈られ、また、作曲者からも演奏者に拍手が贈られていました。現代音楽の作曲家にとって、このような形で自分の曲が取り上げられるかどうかは競争なのでしょうし(世に作曲科出身の人がどれだけいることかを考えれば想像に難くありません)、まして、サイトウ・キネン・フェスティバルという場であれば、格別な意味あいがあるのでしょう。「がんばりすぎ」な感じの曲が選ばれるのは致し方ないことなのかもしれません。しかし、どちらの曲もよい発想が含まれていたように思えました。ちなみに、小澤征爾氏も、座席で聴いておられました。
 それから、演奏家の方々も、みなそれぞれに素晴らしかったです。室内楽ほどの小さな編成の曲ばかりでしたから、演奏家の技量が大いに演奏内容に関わります。しかし、どれもよい演奏でした。正直なところ、海外にばかり目がいきがちだった自分を反省しました。小澤征爾氏という世界的な音楽家だけでなく、日本にはかなり分厚い音楽家の層があることを実感しました。しかし...、ポピュラー音楽ではないにせよ、もう少しプロモーションの仕方があるんじゃないかという気もしました。
 2時間ほどの間、現代の音楽実験場を見たような気がしました。武満徹が現代音楽の古典なら、彼の死後も現代音楽は、より現代的になってきているのでしょう。「武満徹メモリアルコンサート」というのは、ほとんど最新の音楽を聴ける実験場として、非常に貴重な場であると思いました。フェスティバルの1つのプログラムとして、14回も続いていますが、大いに意義のあるコンサートだと思いました。これからもずっと続いていくことを願ってやみません。ホールが満員だったというのも、音楽ファンの期待の表れだと思います。貴重なものを聴かせてもらったと思いました。

 コンサートが終わり、ロビーで少し息抜きをして、外に出ました。K氏と少しお話ししました。感想を訊かれましたが、すぐには変な言葉しか出ませんでした。その後、自転車で大学近くまで戻ってきて、食事をし、大学に戻り、今これを書いていますが、ようやくこれだけ言語化できるようになりました。しかし、やっぱり終わってすぐには言葉にならないことを実感しました。よって、そういうことを念頭に、われわれの調査も計画すべきであると思いました。オーディエンスへの調査法、調査法の新たな課題であると思いました。さあ、どうする自分。...ここ数日考えます。ともあれ、オーディエンスのみなさん、信州大学の「文化的イベントの心理・社会的影響に関する調査」のアンケートを手にされましたら、ご協力をお願いいたします。

 最近,中野雄,2002,『ウィーン・フィル 音と響きの秘密』文春新書 を読んだ.旅の道連れの雑誌のようなつもりで買い,内容には期待していなかったが,意外におもしろかった.
 その中で,中野氏は,アメリカのオーケストラについて,技術的にはうまく縦の線もきっちりと合うのだが,「音楽の内容を表現する伝達手段であるはずの演奏技術が,自己目的化しつつある」という(p.238).そこでは,「機械的な正確さと磨き上げられた表面的な美しさ」 が最も重視されるべき演奏家の課題であるというのである.そのため,音楽コンクールでは,「犯されたミスの数を数えて減点していく」のだが,「この方式だと,どうしてもキチンと無難に弾いた演奏に高得点が集中しがち」になり,「個性的で面白い,将来が期待できる,といった若者がコンクールで上位に入賞する可能性は低くならざるをえない」そうである(pp. 236-7).私なりにパラフレーズするならば,中野氏の言葉からは,「合理性一辺倒への嫌悪」とでもいうような感情が表れているように思える.
 翻って自分のこれまでの学問の経歴を見てみると,私自身もアメリカで数理社会学という,社会学にあってはもっとも合理的な判断を下そうとする領域で仕事をしている.社会学の学界では,数理社会学に対して,あまり快く思っていない人たちもいるようであるから,合理性への嫌悪感というのは,ある意味でどこにでも共通しているのかもしれないと思うのである.
 しかしながら,私の関心は,一貫して合理的なものよりも非合理的なものの方にあった気がする.たとえば,修士論文を書きながら(当時のテーマは,合理的選択理論や進化ゲーム理論だった),単なる合理性で割り切れないことがたくさんあることを学び,博士論文を書きながら,将来は是非とも日本に帰って,日本らしさ(おそらくそれ自体が合理的ではないものを多く含んでいるに違いない)とは何かといったことを研究したいと思っていた.留学中も,ヨーロッパからの留学生たちと,「アメリカ人はアホだよねー」とか「アメリカ文化は単純だよねー」と,単純なので簡単に説明できてしまうことを笑っていたことがあった.私自身は,社会が合理的に説明できることばかりではないという気がしている.合理的に説明しようとして仕切れない部分(このような残余項を「非合理的」部分とでも呼ぶ)が残るならば,それがその社会特有の何某かを表しているのかもしれないと思う.
 実践的問題として,私は,数理的・合理的な思考しか学んでいない.だから,持ち合わせのもので非合理的な対象に向かっていくしかない.たとえば,社会学にありがちな「いい加減な概念」でもって物事を説明したりしようとは思わないし,できないのである.私にそれでよいのだと開き直らせてくれたのは,師匠髙坂健次先生の言葉であった.師匠はカール・マンハイムの「甲羅のない蟹」という言葉について理解できなかったというエピソードを何度か語ってくれた(師匠のウェブサイトにも記述がある).通常,学者というものは「わからない」とは言いにくいもので,何でも知っているかのようなふりをするのが通例であろう.しかし,師匠の言葉は,誰にでもわかること(もちろん,最低限の知識や思考力を前提とした上で)でなければ,理解可能ではないということ,また,そのような態度で臨むべきであるということを説いているのだと思う.
 つまり,こうである.この世の中には,合理的でないように見えるものがたくさんある.しかし,それを理解可能ではない概念でもって説明しようとしても,余計にわからなくなるばかりである.(そんなことで「わからない」と言われても,元の概念が悪いのだからどうしようもないと言うほかはない.)むしろ,そのようなものに対して合理的に説明しようと試み,そして説明できない部分があるときに,はじめて合理的でない対象の合理的でない側面が浮かび上がるようになるのではないかということである.
 さて,クラシック音楽の合理化傾向についてであるが,私の経験から言えば,ブーレーズ指揮ベルリン・フィル(アメリカのオケではないが)の「ダフニスとクロエ」は確かにうまいが,もう一度聴きたいと思えるような演奏ではない.ともかく冷徹である.2人の恋物語が100年の恋も冷めるほど冷たくてよいのだろうかとがっかりしてしまった記憶がある.どうしてこれが99年の『名曲名盤』で一位になってしまったのかと思う.クリュイタンス指揮パリ音楽院のものは,花も毒もあって(←これが非合理的曖昧表現),最初に聴いたときには衝撃を受けたが,あまりに気持ち悪い(よい?)ので,いつも聴きたいとは思わないが,たまにあの毒に触れたくなる気がする毒特な(?)演奏である.私には,一時はフランスのオーケストラ以上にフランス的と言われたデュトワ指揮モントリオール響が,昔から聴きなれていることもあるかもしれないが(といっても,とある理由でたぶん高校生の頃から何十年も聴いていないのだが),ちょうどよい加減にロマンティックで,記憶に残っている演奏である.
 ふだん合理的な判断をすることしか知らない研究者である私にとって,音楽くらい,合理的でなくあってほしいと思う.また,希望としては,そういった非合理的なものがよいと思えることについて,巷で人気の脳科学者が,そのメカニズムは...などとしたり顔で(しかもお座なりに)説明しないでほしいと思うし,解明されてほしくないと思う.標準的な楽典や演奏技術を越えたところにある合理的には理解できない深遠な感性の世界がいつまでも残ることを期待したい.私は,ウィーン・フィルをいつまでも聴き続けるであろう.

 チャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」は,この世に数ある交響曲の中でもかなりよく知られたものであろう.それはもちろん,曲自体の魅力にもあるが,多くの指揮者がこの曲を何度も演奏会やレコーディングで取り上げるからでもあるだろう.カラヤンもこの曲を生涯に7回も録音している.このうち5~7回目の録音は入手も容易である.そんなわけで,もともとチャイコフスキー好きだった私は,松本からあちこちに出かけていく道中でいわゆる聞き比べをやってみようかと思い立った.そんなわけで,今回はカラヤンの同曲の5~7回目の録音を聞き比べた感想などを述べてみたい.
 まず,録音年,オーケストラ,レーベルの違いは,次のとおりである.

5回目    6回目    7回目
71年    76年    84年
BPO    BPO    VPO
EMI    DG     DG

 内容を理解するために知っておくべきことは,カラヤンは89年に81歳で亡くなっているということである.7回目は最晩年とは言わないまでも晩年の録音である.70年代は,カラヤンとBPOの最もよい時期とも言われている.
 5~7回目を通して聴いてみると,非常に簡単に言えば,「激情の悲愴」から,「内面に抑制された諦観と憧憬の悲愴」への転換が感じられる.
 5回目は,かなりストレートに激情型の演奏が繰り広げられる.特に第1楽章はすさまじい.263小節目アウフタクトからの金管の3連符の迫力は,他の録音では聴けないもので,最近不感症気味かなと思う私でも,初めて聴いたときには鳥肌が立った.また,第3楽章の後半で昂揚してくると,ダイナミックレンジが振り切れているのか,音が明確でないところさえある.実は,5回目の録音は,妻の実家にあった全集ものの1つとしてあるものと,もっと最近にリマスタリングされたものを聴いてみたが,この部分についてはリマスタリングしたものでもきちんとした再現はできていないと思われた.ともかく耳に馴染んだカラヤンのDGの音とに比べると異色の音である.これはレーベルがDGではないので録音のセッティングやミキシングがかなり違うから生じる効果なのだろうか.生音っぽくいつもの艶やかさがない音である.
 6回目は,5回目から5年ほどの後に録音されているが,曲作りは5回目に比べると落ち着いている.激情は抑えられ,大人の演奏とでも言うべきで,私の感想としては,もっとも標準的と言えるような演奏ではないかと思う.第1楽章の楽器間のバランスは,もっともうまく作られているという印象である.BPOも慣れていて,音楽自体の美しさという意味ではもっともよい出来ではないかと思う.ただ,どのような意味での悲愴かと言われると,よい言葉が思い浮かばない.あるランキング本を見ると,6回目より7回目の方が評価は高いようだ.これは,私の推測では,6回目の録音は標準的であるために,7回目の録音などどこか特徴的で評論家好みの演奏に票が入ると,同じカラヤンだからというような理由でこれが敬遠され気味になるのかなという気もする.
 7回目は,一部では「枯れた」と表現されることもあるようである.オーケストラもBPOからVPOに変わっているので,それまでとは随分と違った演奏のように感じられる.これはなぜだろうか.80年代初頭からカラヤンはBPOとの確執があったとされており,70歳代のカラヤンにとっては大きな衝撃だったのであろう.私には,この演奏は,内面に抑制された諦観と憧憬といったものが感じられる.決して内面に秘められた「情熱」といったものではない.私は「確執」について知る前は,死期を悟ったカラヤンの私的な世界の表現なのかなと思っていた.しかし「確執」について知ってからは,長年BPOと築いてきた協力的な関係が70代になって一気に崩れてしまったこと,しかしその年齢になってしまっては関係を取り戻そうとする気力・体力が減退してしまったことなどから,諦観と憧憬が生じてきたのではないかと考えるようになった.それが如実に感じられるのが,第1楽章の50小節目から62小節目にかけて,ファゴットの上昇音型に続いて,木管(最初の2回はフルート・次の2回はオーボエ)の上昇音型とホルンの下降音型が同時に現れる箇所である.ここで,5回目と6回目の録音においては,ホルンの下降音型が強く出ているが,7回目の録音においては木管の上昇音型が強く出ているのである.この上昇音型が,諦観と憧憬を感じさせる.また,ホルンの下降音型がシンコペーションで躍動感があるのに対して,上昇音型は8分音符で落ち着いているので,目の焦点が定まらず空を見上げているように感じさせる効果がますます強くなっているのではないだろうか.また,第1楽章集結部336小節目以降のホルンと木管楽器の重奏分の響きや第4各章の82小節目以降の弦楽器のうねりも切なく,同じようなうつろな感じが出ているように感じられる.第2楽章の弦のうねりも,5/4拍子という不安定さも手伝って深遠な感じになっている.
 さて,アマチュアのオーケストラや吹奏楽団が,どの線を目指すかと言えば,6回目の演奏だろうと思う.演奏技術ではもっとも模範的だと思われるし,いろいろな点で全体のバランスもよいからである.中高生の吹奏楽団などで金管をバリバリ鳴らしたいという向きには5回目もよいかもしれない(ただし,音が割れていない点に注意).7回目はたぶん目指しても無理である.人間臭さがにじみ出てくるような演奏だからである.
 それにしても同じ指揮者が振った音楽とは思えないほど,いずれも違う演奏である.失恋したら5回目,人生に疲れたら7回目,人生悪くないけどロマンティックな悲愴を聴いてみたいなら6回目,なんていう聴き方もできるかもしれない.いずれも味わい深く,どれがよいとか悪いとかいうものではないと思う.

 ところで,カラヤンのこととは別に,「悲愴」そのものについてだが,スコアを見ながら,いくつか「ああ,チャイコフスキーってうまいなぁ」と思うところがあったので,書いておく.(今後も追記するかもしれない.)
 上でも書いた第1楽章の50小節目から62小節目にかけてのことだが,ファゴットは8分音符で上昇し,これをシンコペーションのホルンが下降音型で打ち消すような流れになっているのだが,ホルンがシンコペーションであるところがうまいと思う.シンコペーションにする方が目立つので,明らかにファゴットの上昇音型を打ち消すという意図が強く感じられるのである.ファゴットの上昇音型に込められた意味がわかれば,それを打ち消すことの意味もわかるだろう.また,木管楽器はファゴットに続いて8分音符でさらに上のオクターブで上昇音型を奏でる.木管楽器とホルンでは音量も違うので,ホルンが目立つようになるが,木管の上昇音型が続いていくところに,単なる対位法という技法を越えた意味が感じられる.
 次に,第1楽章の89小節目から第2主題に入るが,第1楽章からのつなぎのところでチェロが16分音符の音型で残るが,トロンボーンとチューバが消えて84小節目から8分音符の3連符に85小節目からは8分音符になるのである.聴き手にとっては,リタルダンドしたと思うだろう.事実,retardando moltoの指示もあるのだが,この指示がなくても,これで十分にリタルダンドしたと思わせる効果ができるのである.あと,同じような手法は,200小節目から201小節目にかけても使われている.ここでもチェロとコントラバスが16分音符の音型から8分音符の3連符に変わる.ここでは,3連符となるときにlegatissimoという指示があるが,これは「変わった」ことをあまり気づかれずにいたいという意図があるのではないだろうか.これによって,音数が少なくなることから一旦昂揚感を沈静化する効果が生まれ,来るべき最大のクライマックスへの準備をするという意味合いがあるのだろう.

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