あれから半年。今日12月5日、第83回に引き続き、第84回の松本公演に行ってきました。うちの研究室のObのMさんの最後の雄姿を見に行ってあげないと、ということで行ってきました。
でも、いきなり遅れてしまいました。雨が降っていることに気づかず、雨合羽を探していたら遅くなってしまいました。最初の「魔弾の射手」はロビーで聴くことになってしまいました。天気予報を全く見ていなかったです。前日まで2日連続で大学に泊まりで仕事をしていて、天気にまで注意が向いていない状態でした。
ラフマニノフの「ピアノ協奏曲第2番」から聴き始めました。場所は、会場全体の中央付近から、やや後ろより、ステージに向かって左よりあたりでした。場所としてはよい席でした。
ラフマニノフについて言えば、ラフマニノフ自身はあまりオーケストレーションがうまくありません。なので音が薄いです。私は、聴く前から、そこのところを心配していました。前回の演奏会では、オケの弦の薄さとピッチが気になっていました。弱奏部でピッチがおかしいとかなり痛くなってしまう可能性があるんじゃないかとか、弦が薄いとメランコリック感が出ないのではないかと心配しつつ聴き始めました。しかし、弦の人数が結構いたので、薄さはかなりカバーできていたようで、思った以上にメランコリック感も出ていたように思いました。変な言い方ですが、初心者もいるであろう学生オケですが、その不器用な感じが、ラフマニノフのメランコリックさに独特の味付けになっており、これがよい感じを出していたようにも思われました。多少残念だったのは、ホールの音響のせいか、あるいは、オーケストラが厚すぎたからかわかりませんが、ピアノの音がオーケストラにかき消されてしまうところが多々あり、ピアノの細かいフレージングが聞こえなくなるところがありました。さて、ピアノのアンドレイ・イエーメツは、この曲をさらっと弾いてしまいました。灰汁がなさ過ぎて「えっ、スルーかよ」という感じがするところもありましたが、技巧的には崩れることはありませんでした。ところで、私は、半年ほど前に、何年か前に録音された辻井伸行と佐渡裕の同曲のCDを聴いてがっかりしました。技巧だけでメランコリック感が全くないラフマニノフは、クリープを入れないコーヒーどころの話じゃありません。やっぱり、この曲は、色気を要するのだと再認識した次第ですが、この点について言えば、さらっとしているとはいえ、20代半ばのイエーメツの方がしっかりと恋の経験をもっているようでした。彼が30代半ばになったら、第3番も聴いてみたいかもと思いました。ともあれ、全体としてはまとまっており、特に第1楽章の中盤あたりは、ピアノとオーケストラの一体感があって、なかなか聴き応えのある音楽になっていました。
第1部のアンコールでは、イエーメツがショパンの「英雄ポロネーズ」を披露しました。ここでもやはり、技巧的にはしっかりしているが、さらっとしている感じが印象的でした。全く泥臭くならない。このようなリズムがあり、強奏もある曲なのにさらっとしている。「ああ、こういうことを是としているピアニストなのかもしれない」と思いました。あと20年経ったら、彼のポロネーズ第7番も聴いてみたいかも。
休憩時間には、Mさんを応援に来ていた社会学研究室の学生数名と会って少し話をしました。
さて、次はチャイコフスキーの「交響曲第5番」です。この曲は、私にとって相当思い入れのある曲で、5月にはそのことについて
ブログ記事を書いたりしていました。以前のブログに書いたとおりで、この曲は、私が生まれて初めてコンサートに行き、そこで第2楽章のホルンのメロディに心を打たれ、当時の憧れだった同じ吹奏楽部の女の子に、その第2楽章を吹奏楽に編曲して贈った曲でした。また、高校のときには、宝塚市の吹奏楽団で、この曲の第4楽章だけ演奏しました。そんなわけで、中学校のときにスコアを買って若い頭で読み込んでいますので、楽譜は相当細かいところまで頭に入っています。
このように、自分の中にいろいろと蓄積されたものがあるこの曲を、実際に生演奏で聴くと、自分がどんな反応をするのかが楽しみなような怖いような気がしていました。演奏が始まると、実際、頭の中で楽譜が動き出し、それが指先に伝わって、一緒にピアノで演奏しているような状態になってしまいました。控えめにしていたつもりですが、周りの人たちには、かなりキモかったかもしれません。周りの人たちごめんなさい。目は半分つむったままで、時々アインザッツを合わせるところでステージに目をやるというような感じでした。
演奏はといえば、よかったです。そりゃまあ、プロと比べてはいけませんが、オーケストラが、自分たちの曲にしていたという感じがありました。たぶん、この曲は、どのパートの人にとっても、やってみたい曲だと思うので、すごく熱心に練習できる曲だとは思うのです。また、チャイコフスキーは、オーケストレーションがうまいですし、適度な毒もあるので、演奏に没頭できるのだと思います。いろいろな要因があると思いますが、ともかく、細かいことを言わなければ、ちゃんと曲になっていました。しかも、低音に思いの外厚みがあって、サウンド的にはベルリン・フィル的な音づくりを目指しているのかなと思いました。
細かいところを指摘するとすれば...、第2楽章のホルンは、最初の音を外してしまったのはやはり緊張感に勝てなかったのかと思いますが、それ以降は、学生としてはおよそ及第点ではないでしょうか。あの優美なメロディを、しんどそうではありましたが、それなりの雰囲気をもって聴かせていたと思います。また、第4楽章のフィナーレは、指揮者の意向だと思いますが、金管楽器の鳴り方をコントロールして、ただガンガン鳴るだけではない抑制の利いた音づくりをしていたと思いました。金管の人たちは、もっと出したかったのでしょうけれども。指揮者に注文をつけるなら、ところどころであったかなり大げさなアゴーギクは、必要なかったのではないかと思いました。面白さよりも、曲の流れを損ねており、良質なパロディとは言えない気がしました。しかし、指揮者が学生の技量を把握していることもよくわかりました。第1楽章冒頭の「運命の動機」のテンポや、第2楽章冒頭のテンポは、やや速めに設定され、破綻が起きないように、しかし速すぎないように、うまいテンポ設定になっていました。また、同時に、あまり弱奏過ぎなくてもよいという指示があったのかもしれません。弱奏すぎると、管楽器のソリストが緊張しすぎて入りにくくなるからです。そのあたりは配慮されているなあと思いました。しかし、私的には、特に第2楽章冒頭の弦の2分音符の音量は、ちょっと大きすぎかなと思いました。そのあたりは、痛し痒しかなと。
しかし、全体として、よく練習し、よくコントロールされていると思いました。これだけできれば、聴いている側としては大満足でしたし、演奏している団員の人たちも満足度は高かったのではないでしょうか。
アンコールは、レスギンカ! 剣の舞ではなく、レスギンカ...笑 「いやー、おじさんにとっては、これ、懐かしいわー。」 この曲、私が中学生の頃は、吹奏楽コンクールの定番曲の一つでしたが、最近、めっきり聴かなくなった曲ですね。チャイコフスキーの第4楽章に完全燃焼し切れていなかった金管楽器が、ふっきれてめいっぱい吹いている姿に、笑いが止まりませんでした(もちろん、心の中での笑いです。本当に笑っていたら、キショイので)。コンクールで中学生がやると、ホルンが結構一番上の音を外すのですが、あれだけ吹きまくったら、外すこともないですね。
おじさんとしては、レスギンカでもう満足してしまい、その次はもうおなかいっぱい。うるさいばかりで、どうでもよかったです。
終演後、ロビーでObのMさんと、研究室一同で少し歓談しました。学生たちはプレゼントを用意していて、やっぱり、この研究室は、よい研究室であると思いました。その後、とあるレストランで、みんなとオムライスを(私はワインも)いただいて帰ってきました。
よい音楽とおいしいオムライス。そして、仲良しの研究室メンバー。心が幸せに満たされた数時間でした。
世は、民主党政権で、事業仕分け。「文化になんて金をかけるか」という姿勢がありありと見えますが、心が豊かにならない成長戦略っていったい...。そんなときこそ、学生オーケストラの存在意義が大いにあると思います。今日は、文化会館が超満員でした。学生だけでなく、老若男女、多くの人がいました。不景気で懐は寒い。松本市は気候も寒い。しかも今日は冷たい雨。そんな中、数百円でこれだけの演奏が聴けて心が満たされるのですから(しかも、私はMさんからチケットもらっているし...)。信大の、そして全国の学生オーケストラ、そしてアマチュア・オーケストラに、こんな時代だからこそ、さらに大きなエールを送りたいと思います。