2.5.へんなもの見つけたの最近のブログ記事

6月末から7月にかけてイタリアのRiva del Gardaで行われたSunbelt XXXに行ってきた.
景色もよかったし,本場イタリアンの味はガーリックでごまかさないのだということがわかったりと,本当によい学会だったのだが,インパクトという意味でいうと,バスの中で出会った酔っ払いのおっさんほどインパクトのあったものはなかった.
そのときには,思わずtwitterで実況中継もやった.そのうちログが消えてしまうだろうから,その熱気をとどめておこう(日時は,日本時間).

---ここから---
2010年07月04日(日)

ローカルのバスの中なう。酔っ払いのおっさんらがやりほうだい。運転手が叱るとおっさん逆切れ。バス止まる。やれやれ。
posted at 02:44:25

いろんな人が止めに入って、すごいことになっている。一番強そうな兄ちゃんが、他の乗客に向かって、英語でソーリーだって。日本でもありそうな光景。
posted at 02:50:30

イタリアに来て一番インプレシブな事件 笑
posted at 02:52:12
---ここまで---

湖水浴帰りなのか,酒に酔った上半身裸のおっさんが,手すりにぶら下がって器械体操まがいのアクロバットをやらかしたり,車内で酒を飲もうとしたところ,「車内は飲酒禁止だ」(イタリア語はわからないがたぶんそういうことだと思う)とバスを止めて注意しにいった運転手に逆ギレし,その後しつこく何度も運転手に絡みに行ったり,全く無関係の優しい淑女になだめられたり,インド系の男性に絡んだり,やりたい放題,し放題.日本では,ここまでのレベルの酔っ払いは見たことがなく,サンプル数1で恐縮だが,「ああ,イタリア人って何かすてき」と思ってしまった.

また,そのおっさんの知り合いなのか家族なのか知らないが,ともかく,そのおっさんの「身内」みたいな人が数人乗っていて,おそらく妻とおぼしき人が,かなりの剣幕で「いい加減にして」とか(イタリア語はわからないがたぶんそういうことだと思う)注意するのだが,おっさんは,そのときには「わかったわかった」みたいなそぶりを見せるのだが,すぐにまた暴れ出すという繰り返しだった.あまりに状況がひどくなると,身内の中の一番がたいが大きくて強そうな兄ちゃんが飛んでいって「おいやめろよ」というようなことを言うと,一時的には少し大人しくなる.
ここで特筆すべきことは,その身内が,一切体を張った制止をしなかったことだ.あくまでも注意するだけ.一切体には手を掛けないのである.これこそが最もインパクトのあったことだった.妻とおぼしき人も鼻と鼻がくっつくような感じで注意するのだが,手は触れないのである.
なぜそうなのか,よくわからなかったが,これが彼らなりの他者に対する尊厳の認め方なのか.これがイタリア流,あるいは北部イタリア流個人主義なのか.

と来たところで,いきなりパットナムの話になるのだが,Riva del Gardaは,イタリア北部のリゾート地である.見たところおっさんらは観光客ではなく地元の人がちょっと一日湖水浴に来たという感じがした.やり放題のおっさんが存在し,しかしそれを真剣に怒りながらも手は出さないというのは,イタリア北部で民主的制度が発展していることと何らかの関係があるのだろうか.
酔っ払いのようなぐちゃぐちゃな話で申し訳ないが,酔っ払いのおっさんから民主的制度の話は,あまりにもギャップがありすぎるか.そうかもしれないし,意外にそうでもないのかもしれない.とにかく,記憶に残りいろいろと考えるネタにはなったおっさんであった.

 全く意味のない話なので,読まない方がいいかもしれない,と一応警告しておいてから本題に入る.いつでも読むのをやめてもらってかまわない,と再度警告しておいてから本題に入る.

 最近,気になっていることがある.私の研究室のある同じフロアにあるトイレにある1本の「毛」である.いつからそこにいるようになったのかはっきりとした記憶はない.しかし,少なくとも今年に入ってからはある.入試でバタバタしていたときにはすでにあったから,丸3か月くらいは,少なくともそこにいるのである.
 正確にどこにいるかというと,2つある男子の小用便器の左側の方で,下部の丸いふた(そこから排水溝へと続くあのふた)のところである.奴はふたに挟まって流されずにずっとそこにいるのである.
 とにかくすごい生命力である.生物ではないが,渾身の生命力を感じさせるのである.これまで何人の男性が奴に向かって小便を浴びせてきただろう.春休みだったこともあってそれほど利用者は多くなかったかもしれない.しかし,仮に1日20回くらい利用されているとすると,3か月で20×90=1800回である.1800回の試練に耐えて,まだ奴は流されずに踏ん張っているのである.

 入試の頃,そいつを流してみようと頑張ってみたが,ちっとも成功しない.何度頑張ってもダメだった.もとの持ち主は,一生毛には苦労しないほど剛毛なのだろうなと思う.
 掃除のおばちゃんもおばちゃんである.ちゃんと掃除してるのか,と思うが,もしかすると,おばちゃんも奴に気づいていて,私と同様,「おおよしよし,今日も無事だったかい」などと思いながら,そこだけこすらないようにしているのかもしれない.

 今では,奴に少しずつ愛着が湧いてきている.「やあ,こんちは.今日も元気そうだね」という感じで,奴に挨拶代わりの小便をかけてやるのである.奴は喜んで小躍りする.
 私は,長期休暇中だろうが,授業期間中だろうが,泊まり込みをすることが多い.夜に顔を合わせると,「こいつも夜遅くまで頑張ってるな」と感じてやる気が出たりする.

 奴はいつまでそこにいるだろうか.小便に流されるのが先か,小便と化学反応を起こして溶けてしまうのが先か(そもそも溶けるものなのだろうか),この文章に気づいた事務方がおばちゃんに連絡して抹殺するのが先か.どこぞに生えていた「ど根性大根」とかよりもどうでもよいものだとは思う.こいつに何の価値もないとは思う.
 しかし,たかが毛,されど毛,である.
社会学概論の授業で,システム論について教えていたとき,ポジティブ・フィードバックとネガティブ・フィードバックに言及しようと思った.しかし,ポジティブ・フィードバックの例についてよいものがすぐに思い浮かばず,ネットで検索しようと思って「ポジティブ・フィードバック」でググってみた.しかし,そこで目の当たりにしたのは,この言葉のあまりにもひどい使われ方,という以前に,この言葉の定義が相当に歪められて使われているという事実であった.

グロービス・マネジメント・スクールのウェブサイト(http://gms.globis.co.jp/dic/00930.php)(2010年1月27日)によると,

---ここから---
ポジティブ・フィードバック
カテゴリ:人的資源管理
positive feedback

①被評価者の意欲や能力が良い方向へ増幅されるフィードバック。
②被評価者にとって望ましい内容のフィードバック。


ポジティブ・フィードバックは、もともとの工学的な用法を踏まえると、①の意味で用いるほうが正確であるが、一般に②の定義で用いられることが多い。
例えば、「期待以上にがんばった」「給与を大幅に上げよう」などである。

②の意味でのポジティブ・フィードバックは、和やかな雰囲気で行われることが多く、また摩擦も生まれにくい。
一方で、往々にして意欲や能力のさらなる向上につながらない場合も多いため、伝え方の工夫が求められる。

■ 関連語
フィードバック、ネガティブ・フィードバック

---ここまで---

となっている.
これが元凶か,これを引用したページが非常にたくさんある.

私の見解としては,というか,システム論について知っているならば,①も②も本来的な使い方ではなく,相当な誤解を含んだ使われ方であることがわかると思う.
①が嘘なのは,別に「良い方向へ増幅される」だけでなく,悪い方向に増幅されることだってあるということである.②が嘘なのも①と同様で,わざわざ「①の意味で用いるほうが正確」などというほどのことでもない.どちらも本来的に嘘であるから.
本来的には,良いとか悪いとかいうことには関係のない概念である.
まあ,ビジネスとか心理学の業界の人たち(このように括るのは心苦しいので,そのうちの心ない人たちとでもすべきか)が,何かもっともらしい意味で使い始め,知らぬ間にそれらの業界では標準的な意味として定着してしまったのかもしれない.

ところで,おそるおそる同サイトで「ネガティブ・フィードバック」についても引いてみた(http://gms.globis.co.jp/dic/00851.php).

---ここから---
ネガティブ・フィードバック
カテゴリ:人的資源管理
negative feedback

①被評価者の意欲や能力が望ましくない方向へ増幅されるフィードバック。
②被評価者にとって望ましくない内容のフィードバック。


ネガティブ・フィードバックは、もともとの工学的な用法を踏まえると、①の意味で用いるほうが正確であるが、一般に②の定義で用いられることが多い。
例えば、「期待以下のパフォーマンスだった」「降格してもらう」などである。

②の意味でのネガティブ・フィードバックは、被評価者にとって聞きたくない内容であり、意欲をそぐ可能性も高いため、ポジティブ・フィードバックに 比べ、伝えるのが非常に難しい。人格攻撃しないのはもちろん、厳しい内容を伝えながらも期待を示す、常日頃密なコミュニケーションをとっておくなどの工夫 が求められる。

■ 関連語
フィードバック、ポジティブ・フィードバック

---ここまで---

ここまで来ると,完全に嘘である.ネガティブ・フィードバックによって「増幅」が起こるとな(爆).よくもまあぬけぬけと,こんなひどい嘘が書けたものである.こんな使い方をしているビジネスマンや○○心理学者には,反吐を吐きたいと思う.何が「もともとの工学的な用法を踏まえると」だ.どこをどう踏まえたらそんなことになるのだ.全く話にもならない.失笑を買うだけである.これでは,工学を含め自然科学の研究者と,ビジネスや心理学の心ない人たちとの対話はほとんど不可能ではあるまいか.
私は,授業においては,ウェブ上には上記のようなことを書いているサイトがいっぱいあるけれども,そのような使われ方は,本来的な意味ではないと言っておいた.最近の学生たちは,少なからずウェブ上の情報をそのまま鵜呑みにしてしまうので,注意喚起にはなったと思う.

結局,ウェブ上では,社会科学におけるポジティブ・フィードバックの好例を引くことを諦めてしまった.

これを試験の前日に書いている.試験が終わったら公開しようと思う.

まずはともあれ、この↓写真である。

IMG122409.jpg

これ、なんだと思います? 信濃毎日新聞(信毎)の読者に配布された来年の手帳みたいなものである。「みたいな」というのは、ちょっと意地悪な言い方をわざとしようとしているので、そう書いたのである。

さて、この記事に合わせて新コーナー(新カテゴリ)を作りました。「へんなもの見つけた」です。
日頃見つけたへんなものを紹介していこうというコーナーです。類似のカテゴリに「とんでも科学」があるのですが、最近時間がなくて、あまり新聞記事に目を通す間がありません。そういうわけで、もう少し楽に書けるものということでこのコーナーを作りました。今後ともごひいきに。

さて、この手帳みたいなものの何がへんなのかわかるでしょうか。それはその「memory」という英語であります。私はこれが新聞受けに入っていたのを発見して、一瞬、「今年亡くなった人一覧」かと思いました。何てへんなものを配るのかと。そしておそるおそる中身を見たら、「え、て、手帳かいな?」となったわけでございます。
日本人の英語というのは、本当に困ったもので、私は常日頃、店の看板やウェブサイトなど、さまざまなところで、ずっこけるのです。一応、私、留学しましてアメリカで学位を取っていますので、英語学の専門家ほどではありませんが、それなりに英語はわかるつもりでいます。
で、この場合ですが、手帳の表紙としては、「Diary」か「appointment」くらいですかね。信毎の人たちのやりとりが目に見えるようです。

部下:そろそろ来年の手帳を準備しないといけませんね。
上司:そうだな。かっこいいのをつくろうぜ。タイトルは英語にしよ。
部下:はー、わかりました。 [部下しばらく辞書を調べる。] カチョー、これでよいでしょうか。
上司:ん、「Diary」? 君ねー、これじゃあ「日記」じゃないか。
部下:えー、そうですかぁ、辞書にはそう書いてあったんだけどなー。
上司:ほれ、じゃあ、何か覚え書きというような感じなので「Memory」でどうだ。「忘れるな!」って感じでいいじゃないか。
部下:はー。[すごすご引き下がる。]

うー、泣けるじゃないですか。部下さん、せっかく辞書引いたのにねー。
こうやって日本語英語が生まれてくるのかと思います。
「Diary」でいいんです。手帳はDiaryでいいんです。
一方、Memoryにはいろいろ意味がありますが、私がこの写真のようなものを見て思ったのは、真ん中の大きな余白(余緑?)部分に遺影でも貼ってくださいということか、ということでした。アメリカではよく見るのですが、たとえば学校の先生が若くしてなくなったりすると、遺影の上とか下に「Memory」って書いて飾るんです。これを見て、私にはその様子が喚起され、「何ちゅう、趣味悪いもん配んねん」と思ったわけでした。
いや、ともあれ、この手帳みたいたなもの、シュールすぎて、私には使えません。来年はよい年になりますように。チーン!

カテゴリ

Powered by Movable Type 4.23-ja

Ryuhei_Tsuji twilog

fxwill.com

このアーカイブについて

このページには、過去に書かれたブログ記事のうち2.5.へんなもの見つけたカテゴリに属しているものが含まれています。

前のカテゴリは2.4.社会記事です。

次のカテゴリは2.6.学問関係です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。