2.6.学問関係の最近のブログ記事

 先日,3年時編入試験がありました.最終的な合否が確定したタイミングに合わせて,学生を取る側からの意見を若干書ける範囲で書いておきたいと思います.来年度以降の受験生の目安となればと思います.(なお,これは公式見解ではありません.)

 まず,信州大学人文学部では,TOEICあるいはTOEFLの点数を願書提出時に提出してもらいます.これは,ただ出してもらっているだけではないということです.あまりに悪いのは問題です.社会学だから(英文学や英語学じゃないから)関係ないと思うのは間違いです.
 学科試験について.信州大学人文学部では,2年次より専門分野に振り分けられて専門的な教育が始まっています.うちの社会学分野では,社会学の概論的な授業に加えて,社会調査や,統計学といった専門科目を2年生が終わるまでに受講します.3年時編入試験は,3年次に編入するわけですから,2年次に社会学分野の人たちが勉強するのと同程度のことは,最低限勉強しておかねばならないのは当然です.
 論述部分については,ただたくさん書けばよいというのは端的に間違っています.きちんと問題の意図を読み解き,それに応じた解答をしないといけません.核心部分を外したことをいくらたくさん書いても,点数にはなりません.無関係ではないが,核心に迫っていない解答ではいけないのです.
 面接試験について.他県の大学に行ったので3年次から地元に帰ってきたいとか,社会調査士の資格が取りたいとか,そういう理由はあまり印象がよくありません.地元に帰ってきたいことと,社会学が学びたいということとは関係ありませんよね.そんな個人的な理由,オレたちは知らないよとしか言いようがありません.また,社会調査士が取れる大学なんていくらでもありますよね.別にうちである必要なんてないですよね.うちの社会学分野の特徴を調べてみましたか.そして,あなたの関心があることが,信州大学の社会学分野では十分にできそうでしょうか.別に教員と同じ関心を持つ必要はありませんが,教員の書いた論文などを見てみて,自分のしたいことができそうかどうか,判断してみてください.
 厳しいことを書きましたが,決して3年次編入生を受け入れたくないわけではありません.というか,社会学分野には,コンスタントに3年次編入生が入ってきます.われわれの提供できるものと,学生のやりたいことが一致すれば,こちらは受け入れる準備があります.ひるまず,しかし,きちんと準備して受験してください.
 皆さんの健闘を祈ります.

 昨年の9月に,前任校の教え子で,現在東北大学の行動科学研究室にいる稲垣佑典君が,彼の修論をもとにして書いた論文が,日本社会心理学会の学会賞を受賞しました(受賞論文は,稲垣佑典,2009,「都市部と村落部における信頼生成過程の検討」『社会心理学研究』25(2): 92-102. ).そのときの喜びは,昨年のブログ記事にも書きました.今年もまた,彼の1学年下で,現在東京大学の社会心理学研究室にいる高木大資君が,彼の修論をもとにして書いた論文が,同学会の奨励論文賞を受賞しました.受賞論文は,以下のとおりです.

高木大資・辻竜平・池田謙一,2010,「地域コミュニティによる犯罪抑制:地域内の社会関係資本および協力行動に焦点を当てて」『社会心理学研究』26(1): 36-45.

 昨年の9月,稲垣君が受賞し,その後,高木君に向かって冗談半分で,「来年は,高木君な」と言った覚えがあります.それが,見事に実現してしまって,狂喜乱舞しました(やや大げさ).
 実は,私は,昨年の稲垣君の受賞以来,「ブログを書いていい気になってるけど,どうせ「フロック」じゃないの?」と思われているのではないかという強迫観念にさいなまれていました.また,自分も選考委員の1人だったので,やましいことは何もしていないけど,なんか冷めた目で見られているのではないかという妄想もあったりして,落ち着かない感じもしていました.その意味で,私が全くノータッチの今年,2年連続で教え子たちが受賞してくれたというのは,私にとっても胸をなで下ろす結果でした.

 そろそろ下條村への視察じゃないけど,自称「再生工場」のぼくの研究室に視察に来る人が出てきてもいいんじゃないかとか冗談で思ったりしています.
 去年も同じことを書きましたが,ぼくはFDとかを信じていません.護送船団的に底上げするようなことばかりで非常につまらないと思っています.でも,抜きんでた成果を上げる人材を育てるためにどうすればよいかを語れる人なんてほとんどいないでしょう.それは,そういった実績なしには言えないことですから.まあ,自分自身に受賞歴がないとかいう恥ずかしい側面はありますがw,①自分自身が何かの間違いで何かうまいことアカデミアに入り込めたとかいうレベルだと無理でしょうし,②単純なクリティカル・シンキングを教えればよいとかいうものでもない(それは護送船団向け),とは言えると思います.たぶん,同じオーケストラで同じ曲をやるのでも,指揮者が違えば,できるものが違うといったことに近いのかなと思います.

 しかし,前任校の教え子たちは,高木君の世代でおしまい.後続はありません.現任校は,まだまだ芽を出すために水をやっている段階です.でも,もう受賞とかいうようなことに気を取られることは卒業しようかなと思っています.もちろん,ちゃんとした教育は続けていきますが,いつまでも同じことをしていても仕方ない.ちょうど,母校の中学校の吹奏楽部の渡辺秀之先生が,全国大会で5金を達成してから,金を取るためではなく,重要な作品に取り組んだように,自分にとって重要だと思える問題に取り組んでいきたいなという心境です.たぶんそれが,30代と40代との違いかなという気がしています.

 先日行われた日本社会心理学会の「東日本大震災を乗り越えるために:社会心理学からの提言」で3人の話題提供者の1人として報告してきました.

 最初の話題提供者の飛田先生は,福島でまさに被災した当事者として,現在進行中のさまざまな問題に対して,現実的にどのように対応し,またそのような渦中にあって研究者としてどうあるべきかという内省的なお話でした.私も大いに共感しました.しかしこれは,阪神・淡路のときも,やはり多くの在住の研究者が思ったことなのではないかと思います.その意味では,阪神・淡路から,生活者でもあり研究者でもある自分がどのように振る舞うべきかという問題は,何ら進展せず,そのまま残っているのだということを痛感しました.被災地在住の研究者が,どのように感じ,行動したのかをアーカイブ化しておくことは重要なことではないかと思いました.

 3番目の中谷内先生は,特にリスク認知という点から,今後の人々のリスクを感じる閾値が高くなってしまうことが危険だといったお話をされました.従来の調整と係留のヒューリスティックという認知社会心理学の知見の応用ということになりますが,このような形で社会心理学が実際に役に立っているのだということを実感しました.
 私は今,社会心理学というより社会学の方に身を置いている立場ですが,社会学の理論が比較的直接的な形で政策提言や人々の実践に結びつくことは,可能なのだろうと思いますが,意外に明示的なものは少ないように思います.そういった仕事ももっとあってよいのではないかと思いました.
 この点,飛田先生が,最後の方で「ミドルマン」の存在について触れられていました.これはおそらく,社会学者ラザーズフェルドの提案に沿ったものだと思われます.社会学や社会心理学の理論と実践をつなぐ専門家がもっと育ってもよいように思いますが,どのようにしてミドルマンを育てるのかといったノウハウはあまり蓄積されていないように思われます.これは1つの課題でしょう.また,そういった人たちの需要があるならば,オーバードクターやポスドクがたまりにたまっている問題についても解決の糸口になるかもしれません.

 私は2番目の報告でした.私が新潟県中越地震の前後で行ったパネル調査の結果と,そこから考えられる対策についてお話ししました.拙著『中越地震被災地研究からの提言:未来の被災地のために』は,このパネル調査やインタビューの結果をベースとして,何とか実践に活かしたいという思いから出させていただいたものです.今回は,対策の部分よりも実証部分の方にウェイトを置きました.
 それはそれとして,私がこのシンポジウムに呼んでいただいたきっかけは,3.11の地震以降,私はすぐに現地への提言を自分のブログ(このブログ)を通して始めたことでした.これを関西学院大学の三浦麻子先生が日本社会心理学会の「東日本大震災を乗り越えるために:社会心理学からの提言と情報」で取り上げてくださり,そのような縁から今回の登壇へのお話につながっていったのだと思います.当初,すでに震災研究から身を引いている身として,場違いなことにならないかと心配もしたのですが,今後の復旧・復興につなげていくために,提言部分だけでなく,その背景となる実証研究の部分も含めてお伝えしたいと思ってお引き受けしました.やっぱり,フロアからは「過去の話?」とか「淡々としすぎ」という白い目も気にならないわけではなかったですが,過去との対比は必要だと思いお話ししました.あとでじわっと効いてくる話であったならばと思います.

 さまざまな学会で,今,東日本大震災に関わるシンポジウムなどが開催されています.それぞれの学会が何とか貢献しようとされていることがわかります.しかし,それらを全体的にまとめることは課題だと思われますし,また,全体像をバランスよく考慮してうまく政策につなげていくことも必要なのではないかと思いました.
 雑駁な話になってしまいましたが,シンポジウムをめぐる感想の記録として書きとどめておきます.
 先日の第84回大会で発表してきました.タイトルは,「長野県下條村の特異性:長野県内10市町村調査結果から」でした.昨年からいただいている基盤研究(B)「地域間格差と個人間格差の調査研究:ソーシャルキャピタル論的アプローチ」(研究代表者:辻)の予備調査として行われた,昨年の長野県10市町村調査をもとに,下條村の特異性について計量分析を試みたものでした.
 なぜ下條村か,ですが,現村長が子育て支援政策を重点的に行い,それが好転して,合計特殊出生率が2を越える自治体となり,全国の300以上の町村などから視察が来るようになった,非常に特異な自治体であるからです.
 具体的には,子どもの医療費無償化を早期に実現したり,若者定住促進住宅を建築し安価で提供するなど政策を行ってきました.これらを視察しに来た自治体では,このような政策をまねて実行に移すところも現れています.しかしながら,そういった自治体で,出生率が大いに上昇したというわけではないようです.それは,なぜだろうか,というのが出発点です.

 サンプリングなどについての詳細は,パスします(詳細は要旨集を参照).
 やった分析といえば,とにかく,市町村を水準として,1要因分散分析をやって,全体が有意なものについて,多重比較をやり,下條村が「イケてる」ところと「イケてないところ」を抽出し,そこから妥当と思われるストーリーを考えました.
 結局,下條村は,図書館と公共ホールを除くと特に利便性が高いわけではありませんが,村役場は,住民の意見を取り入れたり要望を聞いたりする姿勢が評価されています.また,市民へのサービスは,子育て支援だけでなく,他の側面での評価も高いです.住民は,地域のイベントには参加する方であり,結束型の閉鎖的な社会関係資本が充実しています.特に住民については,若者定住促進住宅に入居するための要件として,男性が消防団に加入することなど,家族間の交際も促進することで,子どもの世話をし合うような住環境を作り出すことに成功していることがポイントであると思われます.他にもさまざまな交流の仕掛け作りをしており,それが全体として子育てしやすい環境を作り出しているのだということです.
 つまり,ただ単に医療費を無償化したり,若者定住促進住宅を作ったりという政策を打つだけでなく,住民間のネットワークづくりに村が関与することによって,高い出生率を生み出しているのではないかというわけです.

 発表では言わなかったことですが,私は,青木村にも大きな可能性を感じています.青木村も教育について重点的な政策を行っており(詳細は,信州大学人文学部の社会・情報学講座で2008年度と2009年度に行った調査の報告書を参照),住民も教育については評価が高いです.また,ともに地域の中心都市のベッドタウンという位置や,若者定住促進住宅の建設にも類似性が見られます.あとは,住民間のネットワークづくりをどうするかという点にあるのではないかと思われます.
 ともあれ,全体として,箱物や制度を整えるだけでなく,そこに住む人々のネットワークを作っていくことにあるのだろうということです.

 それから,地域社会学について.これまで地域社会学では,あまり大々的な地域間比較をやってこなかったのではないでしょうか.1つの自治体についての研究は多々ありますが,比較を通してこそ見えてくる自治体の特徴というものもあります.今回の報告はそういったやり方が特に有効であることを示せたのではないかと考えています.

 去る9月5日(月)~7日(水)まで,数理社会学会(JAMS)52回大会と日本ソフトウェア科学会・ネットワークが創発する知能研究会(JWEIN11)との合同大会が信州大学で行われ,私が大会委員長を務めさせていただきました.
 何とか無事に終了することができ,ほっと胸をなで下ろしたところです.JAMSの大会を引き受けたのは2度目で,前回は前任校のときでした.それからちょうど5年.理事の任期を終えたところで即座にお鉢が再び回ってきました.
 JAMSでは,2回以上大会委員長を引き受けられた会員の方もおられますが,私自身はJAMSとASAのMath socセクションとの合同会議2度の運営にも関わっていますし,とりあえず,小規模学会大会の運営という観点から,あれこれと振り返って,文章を残しておくことは何か参考になることもあるかもしれないと思い,ちょっと書くことにしました.

 数理社会学会は,会員数が300人程度の小規模学会です.学会の財務状況については書きませんが,基本的に各大会の運営は別会計で,学会本体とは基本的に切り離されています.もし決算で赤字が出てしまったら,5万円を上限に学会から補填が受けられることにはなっています.しかし,大会参加費はほぼ固定で,懇親会費はそれなりに幅がとれるといった感じです.大会参加費がほぼ固定なので,最低限のことをしっかりやるという感じの運営になります.
 大会への参加者数は,およそ70名~90名くらいです.私が前回引き受けたのは,学会25周年記念大会@東大の次の回,今回は,諸人こぞりて馳せ参じた沖縄大会の次の回ということで,当初の見積もりは少なめにしておくのが適当と思われました.ただ,今回は,JWEINとの合同大会ということで,相乗効果が若干見込めるのではないかという感じもあり,非常に読みにくかったです.実際失敗したと言わざるをえません.まあ,色をつけずに,これまでの最低線と思っているのが安全だったようです.

 JAMSの場合,大会委員長に求められていることは,大会会場の確保,報告要旨集の印刷,当日の受付や会場係などのアルバイトの統制,懇親会の会場の確保とメニューの決定です.(必要な場合は,弁当の手配もあります.)
 前任校で引き受けたときには,これらの仕事に対して,院生を一人ずつ割り当てました.これだと,適宜指示を出すだけで,こちらはおおかた左うちわでしたが,さすがに,今回は院生なしの状態で,全てを一手に引き受けるのはたいへんでした.それでも,学部生から一人事前準備と当日の統括をしてくれる学生を募り,懇親会のメニューと弁当のメニューの決定を任せました.こちらからは,どちらについても,「信州らしいもの,脂っこくないもの」の2つを徹底するということでした.結果的に,多くの方に地のものを楽しんでいただけ,味もまずまずということで喜んでもらえたと思います.細かいことで言えば,大会前々日くらいに,大学の門の向かいのコンビニの店長に,学会期間を知らせてちょっとだけ人がふえるかもしれないよと伝えました.当日午後に聞いてみると,少しだけ高めの弁当を仕入れたとのことで,実際そういうものが売れたとのことでした.
 大会会場の確保については,近年,多くの大学で会場の貸出にお金を取るところが増えています.実際,今回もそのケースでした.実は,今回借りた教室は,経済学部の所有の教室があり,そこでは,場代を支払うことになりました.また,支払は事前の支払だったので,その分は一時立て替えることになりました.
 報告要旨集の印刷については,今回は,やや特殊な状況がありました.それは,JWEINは,ネットワーク関係の研究会なので,カラーの図があった方がよいということでした.そこで,当初,報告要旨集のカラー刷りを検討しましたが,モノクロ印刷と比べてカラー印刷は相当に割高になることから,それは諦めました.次善の策として,要旨集はモノクロ印刷とし,さらに,CD-ROMで同じ要旨集を配布することにしました.実際,この方がずっと安くなることがわかりましたので,そのような方法を採りました.CD-ROMの中身は,報告要旨集の内容を1つにまとめたPDF(コピペができないようにパスワード保護したもの)を業者に頼んで大量に焼いてもらいました.
 報告要旨集について言えば,今回から,報告要旨集の原稿をプログラム順にまとめる作業を,研究理事にお任せすることができるようになり,それはたいへん助かりました.ページ番号を入れる作業はJWEINの方でやってもらいました.したがって,大会委員長としては,それを印刷とCD-ROM焼き付けに出すだけとなり,楽になりました.これは,大会を引き受けやすくする,よい方策であったと思います.
 さらに,報告要旨集の印刷は,学生の準備を手伝ってくれる学生に安いところをウェブで探ってもらいました.そのとき,形式としては,中身は上質紙でモノクロ印刷,表紙・裏表紙は「レザック」という紙を指定,サイズはA4,綴じ方は無線綴じ(くるみ製本),必要部数とページ数がいくらということを指示しました.20件ほど見積もりを取ってくれ,その中で信頼が置けそうで安いところを見つけました.実際,見本を送ってくれて,質的にも十分であると判断し,そこに発注をかけました.ウェブ上での取引でしたが,満足のゆく結果だったと思います.
 CD-ROMの焼き付けについては,私の方でウェブサイトを検索して数件,安くてよさそうなところを見つけました.実際には,タイトルの印字の時に,向こうにはデザイナーがいないことがまるばれで,ちょっと手間がかかりましたが,まあまあふつうな感じのものができました.悔やまれるとすれば,ファイル名をもうちょっとちゃんとしておけばよかったかなということでしょうか.まあ,しゃーない.
 当日の学生アルバイトについては,大会の1ヶ月くらい前に研究室のMLで募集しました.なので,学生はみんな社会学の学生でした.もし足りなければ社会心理学研究室にお願いしようかと思っていましたが,何とか人数は揃いました.
 募集以前には,研究理事から平行セッションが2つになることを確認し,受付・会場・休憩室・案内の担当に必要な人数をあげて人員配置表を作りました.そして,それをもとに必要数だけアルバイトを募集しました.なので,かなりかつかつの状態で,当日来ない人が出てきたら,即アウトという状態でした.まあ,無事で何よりだったと言うほかありません.裕福な学会だと,支度金がふんだんにあったりするので,アルバイトを特定の場所に貼り付けたり,ある程度余裕を持って遊ばせておける人員配置ができるのだと思いますが,小規模学会ゆえの難しさを感じました.
 アルバイトが当日きちんと動いてくれるかどうかは,心配でした.何せ,院生がいないので,学会とはどういうものかを知っている人がいないということです.なので,6ページにもわたる「アルバイトの手引き」を丸一日がかりで書いて,それをMLに流し,事前に必ず読んでくるようにと言いました.それでも,書き落としているところや,指示がきちんと伝わらないところがありました.まあ,それでも,JAMS初日の朝の受付あたりで多少の混乱があったものの,まあ,まずまずの感じで仕事を進めてくれました.なお,手引きを書くに当たっては,どの人がどこに配置され,どういうふうに移動していくのかを考えながら,そのときどきでどんなふうに動けばよいのかを想像し,各人が流れを感じながらやっていけるように心がけました.たとえば,弁当がいつ頃届けられるので,支払をどうするとか,ポスター用のパネルがいつ届くので,いつ設置するとか.なので,内容としては,受付・会場・休憩室・案内の仕事の説明と,時間の流れに沿った移動の仕方の2部構成となりました.結果的に,これで学生たちは,私がいなくてもてきぱき動いてくれたので,一日がかりで手引きを書いてよかったと思いました.

 今回は,松本市観光コンベンションセンターにたいへんお世話になりました.松本駅に掲げられていた学会大会の横断幕に気づかれた方も多かったでしょう.あれはコンベンションセンターに作っていただいたものでした.他にも,弁当の業者の紹介をしてもらったり,(結局使わなかったけど)懇親会の場所やケイタリングの候補をあげてもらったりしました.また,100人以上の集客が見込めるので,その人数に応じた資金的な援助(赤字になったときの補填)もいただきました.
 コンベンションセンターの存在に気づいたのは,駅に横断幕が時折かかるので,そのもとをたどっていったらそこであったというわけです.すでに動き出していた応用心理学会の準備をしていた同僚のH先生もコンベンションセンターにコンタクトをされていたので,情報をいただきながら進めていきました.各地にコンベンションセンターないし類する団体はあると思います.学会開催を引き受けられた方は,一度学会開催に際してコンベンションセンターにコンタクトを取ってみられてはいかがでしょうか.

 この文章を書き始めてはや10日ほど.まだまだ書きたいことはありますが,思いついたら追記していきます.ひとまずここで公開したいと思います.少しでもJAMSや小規模学会開催のお役に立てればと思います.
 私は,中越地震被災地で復旧・復興の研究を行ってきた社会学者です.ここでは,社会学的な研究というよりも,取材の中から被災地の住民の方が陥りがちな問題を指摘して,少しでもお役に立ててもらおうという主旨で提言を行っています.

<被災地在住の方々へ>
住宅の修理について(3月21日1:04記)
 3月11日の大震災から1週間以上が経ちました.地震直後の着の身着のままの避難生活から,次第に今後のことを考える段階に入ります.

 現時点では,テレビが伝えているのは,主に,原発の事故と津波に襲われた地域の避難生活についてです.しかし,津波の被害を受けなかった内陸部では,おそらく中越地震のころと同様,住宅を修理するのか,建て直すのか,行政からの資金援助にはどのようなものがあるのか,などと考え始めているころだと思います.
 ここで知っておいてもらいたいことの1つは,被害の程度によって,後々さまざまな支援の程度が違ってくるということです.行政が発行する「罹災(りさい)証明書」が「全壊」なのか「半壊」なのか「一部損壊」なのかは,大きな違いをもたらす可能性があるのです.自分でいくら被害の大きさを主張しても,聞き入れられることはないと考えてください.

 この時期に重要なことは,行政から「全壊」「半壊」「一部損壊」などの判定に来る前には,なるべく修理を「しない」ということです.特に,全壊と半壊の間くらいになるのではないかと思われるが,ともかく修理すれば住めるような住宅にお住まいの場合,早く修理して早く元の生活に戻りたいとお考えになるのは,当然のことかと思います.農村部には,ふだんから土木工事を自分でやれるだけの技術を持っておられる方がけっこういるので,被害を受けた自分の住宅についても「できることは自分でやる」とばかりに,修理ができるところは,どんどん自分でやろうとする人がいるのです.
 しかし,行政から判定員が来る前に修理をしてしまうと,「住宅の被害はあまりない」と判定されてしまうことがあり,一段階ほど軽い判定になってしまうことがあるようです.はやる気持ちは少し抑えて,判定員が判定を終えるまでは,自らの手による修理はお待ちになった方がよいと思います.


応急仮設住宅への入居申し込みについて(4月4日18:33記)
 現在,被災地各地で着々と応急仮設住宅(以下,仮設住宅)が建設されているようです.
 しかし,みなさんご存知でしょうか.1.仮設住宅に入居するか,2.自宅の補修をするために被災者住宅応急修理制度(以下,応急修理制度)を利用するかは,どちらか一方です.両方というわけにいかないのでご注意ください.
 実際,中越地震の時でも,一旦仮設住宅に申し込んだものの,応急修理制度を使えないことがわかって取り下げたケースが多々ありました.市町村の役所・役場,あるいはウェブサイトなどでご確認ください.

 今回は,4月4日時点で河北新報が報ずるところによれば(http://www.kahoku.co.jp/news/2011/04/20110404t11025.htm),今回の地震災害について各市町村からの住宅応急修理制度の限度額は52万円とのことです.
 仮設住宅に入っても応急修理制度を使っても,被災者生活再建支援制度は利用することができます.
 同じ記事では,被災者生活再建支援制度は,住宅の被害程度や世帯人数に応じ,被災者に112万5000円~200万円が現金で支給されるとのことです.
 おそらく,東北地方一帯では,これと同じあるいはこれに準ずるのだと思われます.

 一方,新潟県では県単制度を実施しており,国と新潟県から,次の額が出ます(限度額).(http://www.pref.niigata.lg.jp/bosaikikaku/1301000503660.htmlより抜粋)

(図の全体が表示されない場合は,上図をクリックしてください.)

 このように,自治体によって対応は違います.
 インターネット時代になって,自分の市町村の情報も別の市町村の情報も得られますが,自分の市町村の情報を確認してください.

 実は,もっと重要なことは,今後どのようにして自宅と生活を再建していくかの道筋の判断を,「今」迫られているということです.まだ落ち着かない生活をされている方も多いと思いますが,焦らずに落ち着いて,しかし仮設住宅の応募締切をにらみつつ,今後のことについて考えてみてください

 私は,新潟県中越地震について震災復旧・復興を社会学的に研究してきました.被災地においてインタビューなどを行ってきた内容から提言などをしています.ここでは,地震発生後数日経過した頃から生じる問題について,包括的ではありませんが,重要な点について五月雨式に記していきます.非常に気の重い話もありますが,お許しください.

<被災地在住の方々へ>
盗難について(3月19日17:33記)
 地震発生から数日経つころから,盗難が起こり始めます.私の中越地震の時のインタビューでも言及されたことがありますし,災害研究では一般に知られていることなのですが,略奪や放火といった問題が起こってくるのです(高梨,2007).

 例えば,避難所において,知らぬ間にそれまであったはずのものがなくなっている.そして,それが一回だけではなく何度も起こるのです.日中は高齢者など以外は外に出ていきます.その隙を狙って盗難に入る人が多いようです.
 避難所にそんなに簡単に見ず知らずの人が出入りできるのかというと,意外に簡単です.救援物資を持ってくる人や行政の人など,ふつうに出入りします.それに紛れて盗難目的の人が入ってくることは難しいことではありません.そういった人が,目についたものをさっと持っていくということは十分にありうるわけです.
 もっと手が込んでくると,「ここの避難所の○○さんから,××を持ってくるようにと頼まれた」というようなことを言って,○○さんの居場所を教えてもらい,堂々と物色するという輩もあるそうです.

 こういった問題について,どう解決すればよいでしょうか.まず,避難所では,次第に自分の場所(居場所)が定位置として決まってきます.そして,夜はそこに布団を敷き,昼間は布団をたたんで積んでおくというような生活になります.これを利用します.積まれた布団の中で取り出しにくい位置,すなわち,下の方に大事な物は挟んでおくとか,積まれた布団全体を大きなシーツなどで全体を覆っておくようにするのです.物色する側からすれば,さっと目につくものくらいしか盗りにくいからです.いずれにせよ,「よいものを目に付くような場所に置かない」ように工夫してみてください.
 また,「ここの避難所の○○さんから,××を持ってくるようにと頼まれた」という形の依頼については,身分証の提示を求めて,しっかりと控えるといったやり方が有効ではないでしょうか.

「あれがない,これがない」とあまり言わないで(3月20日14:33記)
 地震から1週間が経ち,不便で苦しいながらも,避難所の生活に慣れてくる時期でもあります.この時期になると,「食べるものがいつも同じだ.もうちょっと違うものが食べたい」など,「あれがない,これがない」と思うようになってきます.
 ひとまず命だけは助かってよかったと思える段階は過ぎ,最小限度ではあるが食料もあることがわかってきた....しかしその一方で,「もとの生活水準を思えばまだまだだ.いずれ,もとの生活水準まで戻りたい」という気持ちも出てくる.それがこの時期でもあります.
 現実はどうかというと,現実にはまだ避難所(特に,県外などに避難していない場合)には十分な物資もないという状態です.
 この時期は,まだ「最低限度の食料があるだけよかった」と考える段階にある人と,「早くもとの生活水準まで戻りたい」と考える段階にある人とが混在しています.後者は,「あれがない,これがない」と,つい言葉に発してしまいがちです.しかし,これは,「最低限度の食料があるだけよかった」と考えている人には,何と強欲な人だと映ってしまい,イライラさせてしまうことがあります.それで口論になってしまうこともあるようです.まだ,いろいろなものが足りないことは分かっている.それは誰にでも分かる.でも,今はこれしかない.ですから,どうしても「あれがない,これがない」と言いたい場合は,人のいないところにでも行って叫んでください.でも,人のいるところではなるべく「ない,ない」と言わないようにしてください.
 中越地震のときのインタビューでも「人の本性を見た」というような発言が何度も聞かれました.そのうちの初期の頃のものが,この時期のものです.
 これから先,復旧・復興には長い道のりがあります.農村・漁村では,特に協力関係が重要です.ここで相互不信の状態になることは好ましくありません.

<電力会社(特に東京電力)の方々へ>(3/16記,3/18追記と修正)
 (計画停電開始3日目における提言)
 計画停電が始まって3日経ちました.改めてここまでの問題点を振り返り,今後どうすべきかについて提言したいと思います.

計画停電にともなう問題のうち,私が特に指摘したいのは,次の4点です.

1.交通,とくに鉄道について,首都圏の線路を始め施設はほとんど復旧しているのだと思います.しかしながら,計画停電のため,変電所への送電がその時間帯に止まるため,本数の減少や運休などが続いています.

2.計画停電はブロックごとに行われていますが,ブロックごとに毎日停電の時間が違ううえ,停電の時間帯もかなり間際になってから決定されています.これでは,鉄道はもとより誰もが計画的に行動することができません.

3.これら1と2が連鎖的に招くのは,都市機能全体の大きな低下です.

4.原発事故にともなって電力の総量が減っているのは分かりますが,これによって首都圏の都市機能が低下することは,輸送力の低下をはじめとして,日本経済への大きな打撃となります.これでは,大震災の被災地の復旧・復興は遅れ,より深刻な事態を引き起こします.

では,どうすればよいのでしょうか.
電力の総量が低下していることは分かりますので,全てが以前のとおりとはいかないことも分かります.しかし,低下の程度をなるべく小さく抑えるためにはどうすればよいかです.

1.交通,特に鉄道を計画停電の対象から外すこと.少しずつ緩和が進んでいるようでもありますが,まだまだです.

2.毎日毎日ブロックごとに停電の時間帯を変えるのではなく,一定期間(たとえば1週間)同じ時間帯とすること.そうすることで,その1週間は計画的に行動することができます.そして,次の1週間についての停電の時間帯を1週間前に告知すること.これによって,次の1週間についても備えることができます.

3.可能であれば,私は計画停電よりも総量規制の方がよいのではないかと思います.これは,経済同友会の桜井氏も同じ見解を示しています.それは,特定の時間帯に電気が一切使えなくなるよりは,供給量を全体的に減らしていく方が,さまざまな点で効率がよいと思われるからです.

3-1.計画停電の最初の3日間,人々の電力消費への意識が高まり,省エネ行動を取ることが実際に可能であることが分かってきました.ちょっとした心がけを継続的に続けていくことはできるということです.
 計画停電は,ある意味では,ちょっとした心がけをしているのに,罰を与えられるようなもので,不愉快です.総量規制の方が,ちょっとした心がけをすることに意味があるのだということを人々は納得しやすいはずです.

3-2.日々(あるいは一定期間ごとに)鉄道の時間帯が変化するよりは,生活者としては生活しやすいですし,鉄道会社も一日の本数を全体的に減らす(ダイヤの見直し)などする中で,より安定的・計画的な運行ができるでしょう.ただし,本数の削減は,朝晩のラッシュなどをよりシビアなものにするでしょう.これまででも首都圏近郊の朝晩のラッシュは相当にひどいので,乗客が怪我をしたりする可能性は高くなるでしょう.
 したがって,もちろんここでも,鉄道に対する総量規制は,ない方が列車の本数も原状並みの本数に保てるのでよいでしょう.

以下,3/18追記
「総量規制」に対しては,問題点も指摘されています.

 総量規制になると,「誰かが節電してくれさえいれば,自分は使ってよい」と考える人が出てくるので,結果的に総量規制はうまくいかない,というものです.

 しかしながら,今回の場合は,「脅し」が使える状態であると考えられます.「もし,総量規制がうまくいかなかったら,計画停電にもどすぞ」という脅しです.計画停電の不便さを味わっていますから,「あの状態に戻るよりは,自ら少しずつでも節電する方がマシだ」と考えて,継続的に節電をしてもらえると考えられます.そして実際に,節電量が減ってきたら(従来どおりの電力消費量に戻ってきたら),計画停電を再度実行するという方法を取ることができます.したがって,電力の総量規制は,なお有効であると考えられます.

以下,3/18修正箇所のまとめ
 拠点病院にかかわる記述があったものを削除しました.
 3/14に記した記述全体を削除しました.

 3月11日に起こった未曾有の大震災のあと,非被災地では若干落ち着きを取り戻してきたかのように感じられます.しかし一方で,非被災地に特有の,よく考えてみると非常におかしな行動が現れてきています.おかしな行動というのは,単に笑い話くらいならよいのですが,有害なものもありますので,そういった行動を少しでも抑えたいと考え,提言としてまとめました.

【提言1】食料品の買い占めは控えましょう.
(提言1の理由など)
 例えば米について考えてみましょう.昨年度の米の収穫高は平年並みでした.例年,平年並みに収穫できれば,米不足でパニックになることなんてありませんよね.
 被災地で米不足となるのは,そのときに米を買う必要がある人の分しか仕入れをしていないからです.また,震災で補給路を断たれると,今ある分しか供給できなくなるので米不足となってしまうのです.
 しかし,非被災地で米不足となることはあるのでしょうか.昨年,平年並みに収穫できているのですから問題ありません.非被災地のお店から米が消えてしまうのは,米不足だと早とちりした人が買い占めようとしたからというだけなのです.
 ふだんの流通量は一定ですから,急に買い占めをすることは想定されていません.ですので,そういう行為は,他の人や流通業の人に迷惑をかけることになるだけです.
 今買い占めて,数ヶ月後に数ヶ月前のお米を食べるよりは,数ヶ月後にそのとき精米したお米を買って食べる方がずっとおいしいですよ.
 他の食料品についても同じようなものです.輸入されているものも含め,多少の増減はあるにせよ,ほぼ例年並みに推移しています.心配する必要はありません.
 中にはトイレットペーパーを買い占める人もいるらしいですね(笑).オイルショックか何かと勘違いしているんでしょうか.全く論理のかけらもありませんね.


【提言2】ガソリンを買いだめするのは控えましょう.
(提言2の理由など)
 これも備蓄はまだ十分にあるとのことですから,上の米の例と同じです.
 それよりも,ライド・シェアリングについて考えてみませんか.ライド・シェアリングとは,乗り合いという意味です.あなたが買い物など日常的に行く場所は,近所の人や同じマンションに住む人も,日常的に行く場所です.そうであれば,近所の人同士が車に乗り合いをすることによって,ガソリンの消費量を減らせますから,ガソリンを入れる回数も少なくてすみます.
 都会住まいの人は,ライド・シェアリングができるような親しい近所の人がいないということは事実でしょう.そこで,自治会・町内会やマンションの管理組合が音頭を取って,ライド・シェアリングを呼びかけてみてはどうでしょうか.男性は,毎日通勤で,うちには寝に帰るだけというような人も多いでしょう.しかし,女性の方は,子ども同士の関係から生じる女性同士の関係があることが多いので,むしろ,女性がママ友同士でライド・シェアリングの仕組みを作ってみられてはいかがでしょうか.2人でライド・シェアリングすれば,ガソリンの消費量は(やや単純化していますが)1/2,3人ならば1/3ですよ.これをみんなでやったら,「エコ」という観点からもすごく効果がありますよ.
 ご近所でライド・シェアリングの仕組みを作ることは,近所の人同士の関係を作り出す効果も期待できます.もし今後,震災などが発生した場合に,近所に知り合いのいない状態よりも,いる状態の方が,復旧・復興において役立つことは言うまでもありません.


 ところで,こんなふうに言っても,それは分かるけれども,でも,自分1人くらいは買い占めても大丈夫だよね,と思った人はいませんか.
 確かにもしそういうふうに考える人があなた1人だったら,まあそれほど影響はないかもしれません.
 しかし,そういうことを実は多くの人が考えたとしたらどうでしょうか.そう,それではやっぱりあちこちで物不足になってしまうでしょう.(これを,専門的には「社会的ジレンマ」といいます.)
 そういうことを考えてしまう人ややってしまう人は,厳しい言い方をすれば「エゴイスト」だということです.「あなたはエゴイストだ」と言われて気持ちよい人はいないと思いますが,実際のその人の考えや行動は,そういうものだと思いませんか.

 あなたが買い占めて,括弧付きですが「豊かな」生活をおくる一方で,被災地の人たちが,少ない食糧や少ないガソリンを分け合って非常にひもじい思いをしていることについてどう思いますか.そんな生き方は「豊かな」生き方なのでしょうか.
 通常時であれば,たくさん物があって,たくさん消費することで豊かさが感じられるかもしれません.私もそのような生き方を否定するものではありません.しかし,今は非常時なのです.みんなで協力しあって,冷静に考えて,お互いに迷惑を掛け合うような行動をやめようではありませんか.

 被災地に安否確認して,自分の親や親戚が無事だったらそれでおしまいでしょうか.被災地で続いている苦しい生活を思い,あなただけがのうのうと物欲のままに振る舞って暮らすことがいかに恥ずかしいことか,考えてみてほしいと思います.

 私は,新潟県中越地震について震災復旧・復興を社会学的に研究してきました.3月11日,東北地方から関東地方にかけて,また,長野県・新潟県においても未曾有の震災が発生しました.今こそ,私がインタビューなどで聞いたことや,調査票調査(いわゆるアンケート調査)の統計分析でわかった科学的知見などをふまえて,何か提言すべきではないかと考えました.もちろん,科学的知見そのものだけではなく,そこから類推して書くこともあるし,どのような正義論を採用すべきかといったことを考えながら書くこともあると思います.それをふまえてお読みください.中には,被災地の方々に対して,かなり厳しいことを言うこともあるかもしれません.また,ツイッターでは,簡潔に書くことを旨としていますが,ここでは,やや詳しく書こうと思います.(記事開始:3/13 23:23,最終更新:3/16 14:57
 
<被災地在住の方々へ>
 (地震発生時点における提言)
1.いま大切なことは,「必要」と「平等」です.救援物資が届き始めると,自分や家族に少しでも多くの救援物資が欲しいと思われるでしょう.しかし,まずはそれを最も必要としている人に,そして次に,少なくとも平等に分配するようにしてください.

2.自分の欲求を出し過ぎたり,集落内の関係を悪くしたりするような言葉と行動は極力つつしんでください.いま集落内の関係を悪くしてしまうと,復旧・復興段階で集落内の協力関係がうまくいかなくなります.農村・漁村では,集落内の協力関係なしに復興はありえません.

3.区長さんやリーダーを中心にまとまった行動をしてください.区長さんが不在の場合は,至急,副区長の方を区長として昇格させるなど,中心となる人を決め,その人のもとに行動をしてください.

(提言の理由など)
1.この世の中には,誰もが絶対に正しいと認めるような分配の仕方はありません.しかし,こと,震災直後ということに限定して考えれば,「必要原理」と「平等原理」に基づいて考えていく必要があるのではないかと思います.物資等は少なく限度があり,避難所や地域住民にとって十分なものではないでしょう.だからこそ,それを腕っ節の強さでもって強奪するようなやり方はよくありません.おなかがすいているのは,特定の個人だけではなくそこにいる人全員です.平等に分けるということが必要かと思います.しかしながら,特定の物資については,特にそれを必要としている人がいるかもしれません.その場合には,その人にその物資を特にその人に優先的に分けてあげてほしいのです.

2.地震発生後,しばらくするとストレスがたまってきて,ついつい感情的な言葉を発してしまったりするものです.しかし,人に対して面と向かってきつい言葉を発すると,それはその人との関係を悪くしてしまうかもしれません.ふだんは許容の範囲であっても,緊急時には許容の範囲を越えてしまうこともありえます.また,自分や自分の家族のために,少ない物資に対して過度な要求をしたりすると,それは物資の奪い合いのような状態になってしまいます.それでは,それまで培われてきた村のまとまり(協力)が崩壊してしまうことにもなりかねません.農村や漁村では,人々がまとまっていることが重要です.そのようなまとまりをなくしてしまうと,その後,村を復旧・復興させていくことが難しくなります.
 実際,中越地震でも,「人間関係が悪くなった」という人々がかなりたくさんあったことを隠さず述べておきましょう.マスコミは「良き日本人像」を放送しようとしますが,それはマスコミが隠しているか取材がいい加減かのどちらかです.あちこちでトラブルは起きていました.事実,調査票調査(アンケート調査)をやっても,地震を経て集落のまとまりが以前よりも良くなったと感じている人は多くありません.トラブルが起こるのがむしろ普通のようです.しかし,トラブルは最小限度にしてもらいたいと思います.非常時おけるトラブルは,感情が高ぶっているときにはマイナスの結果しか生みません.お互いに注意しあって,過度な欲求や不愉快な言動は避けてください.

3.住民を束ねていくために,また,情報を集約して行政に伝えたりするために,区長の役割は重要です.平常時以上に重要になります.仕事量は圧倒的に増えます.体力的にも精神的にもたいへんだと思いますが,区長さんにはがんばってもらいたいと思います.住民間の関係を良好に保つためにも,区長さんのリーダーとしての活躍が必要です.区長さんが病弱だったりする場合には,この際,若手の方で人望のある方を区長にするのもよいかもしれません.それほど非常時の区長の役割は重要です.また,区長さんが行方不明になってしまっていたりする場合には,副区長の方を区長に昇格させるなどして,区長を立ててください.副区長というのと区長というのでは,住民の統括に差が出てくるようです.


<避難所で救援に当たっている方々へ>
 (地震発生時点における提言)
1.避難所の名簿はできていますか.最も必要な人は誰かを知るために,公平に物資を分配するために,名簿は作りましょう.もらう,もらえない,もらいすぎる,というのは,避難所の雰囲気を大きく左右します.

2.避難所に避難所以外からも物資をもらいに来る人がいます.何回目の分配でどの人に渡したかを把握するようにしましょう.これも公平性のためです.

3.トイレが確保できないところでは,女性が安心して用を足せる場所を確保してください.また,その場所へ行くときには,女性複数人で行くようにしましょう.

(提言の理由)
1&2.マスコミが隠しているか取材がいい加減かのどちらかですが,避難所ではトラブルがあったり,不満が渦巻いているものです.私が上の1,2を提言するのは,実際に一部に公平分配のルールを犯すような人がいるからです.たとえば,物資を受け取るのに,何度も列に並ぶ人や,夜陰に紛れて他人のものを盗むような人です.あまり過敏になりすぎるのも関係をぎくしゃくさせますが,避難所で救援に当たる人たちができることとしては,名簿を作り,誰に何を分けたかを記録することです.また,避難所に物資が届けられることから,避難所には生活していないが物資だけもらいに来る人もいます.避難所内の名簿を作ることは比較的簡単ですが,外部の人を記録するのはたいへんです.区長さんから名簿を提供してもらうなどすれば,外部の人の名簿を作ることも可能なことだと思います.
 これは手間なことですが,「あの人はたくさんもらっている」とか「知らないうちにものがなくなっている」といったことは,避難所や集落の雰囲気を悪くします.残念ながら,少数ではあれ,そういう人たちは一定の割合でいるものだと考えておいた方がよいでしょう.そのような意味でも,名簿を作成することをお薦めしたいと思います.

3.男性は立ちションもありえますが,女性にはそれは酷でしょう.また,夜などは灯りのない中では複数人で連れ立って仮設のトイレに行くようにしましょう.


<地方自治体首長の方々へ>

 (地震発生時点における提言)
1.「うちの被害は大きくない」と安易に言わないでください.それは,単に注目されなくなるばかりか,その後の国などからの支援の大きさに関わってきます.

2.特定の地域は,前回の選挙であなたへの投票が少なかったかもしれません.しかし,それでその地域を軽視するようなことをしてはなりません.

(提言の理由など)
1.中越地震の時に山古志村がマスコミに大きく取り上げられた一方で,とある市については,あまり取り上げられませんでした.これは,当時のその市の市長が,ざっと支持基盤に近い集落のみを見て回り「うちは大丈夫」と言ったために,山古志村には多くの物資が行った一方で,その市では物資の量が不足してしまったということもあります.また,当初は,国からの人的・資金的支援も少なくなってしまって,未だにそのことに恨みを持つ住民もいます.市町村長は「くまなく」自分の市町村を見て回ってから被害状況の判断をするようにしてください.

2.実は上の1であげたことのそもそもの理由は,当時の市長が,どうも直前の市長選で,他の候補を推していた集落のことをきちんと視察して回らなかったことにあったようです.市町村長になった以上,支持基盤の住民と同様,必ずしも支持基盤ではなかった住民も平等に接するべきです.好きとか嫌いとかいう問題ではありません.


<在米留学生の方々へ>
 (地震発生時点における提言)
1.アメリカ在住の留学生の方で「このままでは資金繰りが危ない」と感じられる方へ.まずは,大学内の身近なオフィスに問い合わせを.阪神大震災で実家が被災 した時,私の留学先の大学院オフィスは3~4クオーター分の授業料減免などをしてくれましたよ.ともかく早めにご相談を.

2.アメリカ在住の大学院留学生の方で「このままでは資金繰りが危ない」と感じられる方へ.焦って早く学位が取れる道を探りたくなる気持ちは分かりますが,一方で「学問に王道はなし」です.私はそれで失敗しました.気分は滅入るけれども,しっかりと歩んでください.応援しています.

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