2009年4月アーカイブ

 今,長野県で最も観光客を集めているのは,たぶん長野市の善光寺であろう.7年に1度の御開帳で回向柱に触るまでに2時間ほどもかかるらしい.
 そんな善光寺には見向きもせず,今日は休みを利用して諏訪大社に行ってきた.午前中にいろいろと雑用を済ませ,13時ちょうど発の電車で下諏訪駅に向けて出発した.小淵沢行きのこの電車,3両編成ながら結構人が乗っていた.途中の駅でも思ったより多くの乗り降りがあって,それにも驚きであった.
 下諏訪駅に降りるのは初めて.いつもは特急で素通りする駅であり,このあたりの駅には各停のように止まるので,いつもいらいらする.駅周辺は落ち着いていて,あまり人通りはなかった.休日だからか,いつもそうなのかはよくわからなかった.
DSC00544.JPGのサムネール画像 駅を降りて,まずは腹ごしらえ.事前に調べていった「うなぎ林屋」に行った.諏訪湖周辺はうなぎや川魚が名物である.林屋では,「二色重」を注文.蒲焼きと塩焼きとを楽しめる.私のような,あれもこれもと思う人にはちょうどよい.塩焼きの方は少しガーリックが入っていて,そそる味だが,関西人の私には,もう少し鰻そのものの味がわかるくらい薄味でもよかったかな.蒲焼きの方はたれがしつこくなく,鰻もあっさりしていておいしかった.ついでに「横笛林屋オリジナル」というお酒を注文.諏訪市で「横笛」という銘柄を出している伊東酒造のものであった.特別本醸造で色は透明だったが,すっきりではなく,少し混じりけのある感じの味で,一口目はやや意外な風味であったが,そのうち鰻重といい感じに絡んで飲みやすくなっていった.
 さて,今回諏訪大社に来たのは,研究目的とかではなく,お礼参りである.だから,あまりご託を並べたりはしない.お礼参りというのは,私を信大に導いてくれたことへのお礼である.前任校から信大に移ってくる間にはかなり紆余曲折があったのだが,その間,私は自宅のすぐそばにあった地元の諏訪神社によく参っていた.私はそれまで神頼みをするような人間ではなかったのだが,1年ほど前は,ただただ道が開けることをひたすら願っていたのである.毎日というわけではなかったが,神社の前を通るたびに,手を合わせていたのである.信大に奉職することになり,ほぼ毎週週末に東京に向かうあずさで諏訪大社の前を通過しながら,早くお礼参りに来たいと思っていたのである.春になり,暖かくなってきたこともあって,今日思い立って出かけたというわけである.
 諏訪大社についてはほとんど事前の知識はなく,行きがけにウェブサイトを調べて,春宮と秋宮があることを知ったりと,かなりいい加減な感じで行った.距離的には,下諏訪駅から春宮と秋宮を回って駅に戻ると,ちょうどよい加減の散歩になる感じであった.春宮は改修中で白いシートがかぶせられていて趣なし.
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仮の参拝所でともかくお礼参りをした.春宮から秋宮にかけては,途中少し小高い道(これが旧中山道らしい)を通るのだが,諏訪湖が見えてとてもよい眺めだった.
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秋宮の方が人気なのか,神社の前にはいくつもの観光客目当ての土産屋やそばやなどが並んでいた.
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お参りしたあと,少し外れたところに塩羊羹の看板を上げている「新鶴」というお店があり,しばらく日持ちもするということなので,塩羊羹を買った.今度妻子がこちらに来るときに一緒に食べることにしよう.
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DSC00597.JPGのサムネール画像 駅に向かったが,電車の時間の関係で少し中途半端な感じだったので,「林屋」の近くにあった「信州あべ川餅」という看板があった「福田屋」というお店に行ってみた.少しだけ安倍川餅を買い求め,そこの主人に話を聞いた.主人は3代目で,初代はやはり静岡からやってきたそうである.8月末頃の秋宮のお祭りの時に,その安倍川餅を「御射山(みさやま)餅」という名で売るのだそうだ.きなこがおなかによいというところから,縁起物として定着しつつあるとのことであった.
 というわけで,今日はあまり社会学者しないことを目標としていたが,最後につい話を聞いてしまった.
 それにしても今日は穏やかでよい一日だった.GWは比較的よい天気が続くらしい.信州はまだ朝晩の冷え込みはあるが,梅雨までの期間はよい季節を楽しみたいものである.諏訪の神様に感謝しつつ.
Asahi.com 2009年4月27日16時38分
記事内容:

 赤字解消対策として駅舎表玄関の駅名看板の命名権の募集をしていた三陸鉄道(山口和彦社長)は27日、宮古駅の駅名を「アイフルホーム宮古駅」と改め、除幕式を行った。

 広告主は盛岡市の住宅販売会社のシリウス(佐藤幸夫社長)。同駅の乗降客数は30万7218人(07年度)で、命名権料は年間30万円。佐藤社長は「不況といわれるが、宣伝効果はある。逆にチャンスと考え、地域にも貢献したい」と話した。

 今月、開業25周年を迎えた同鉄道は、企業広告で少しでも収益アップをはかろうと4駅(久慈、宮古、釜石、盛)の駅舎表玄関の看板の命名権の募集をし た。残り3駅の応募はまだない。命名権料は久慈が年間30万円、釜石、盛は24万円。問い合わせは同社(0193・62・8900)。


コメント:
 最近,いろいろなものに命名権があるようになった.競技場に命名権はそれほど違和感はなかった.夕張の公衆便所は「そんな臭いものに」という感じはしたが,笑い話ですまされる程度と思っていた.そうしたら,今度は駅名である.
 私は,今度ばかりは,ちょっとそれは行き過ぎではないかと思うのである.確かに駅というものは,私鉄であればその私鉄の所有物である.しかしながら,「宮古」という地名は私鉄のものではない.駅名は,基本的には地名が付いているわけであり,「宮古」もそのとおりであろう.しかしながら,「アイフルホーム宮古」は明らかに地名ではない.
 その土地その土地には,そこに住んでいる人々の思いがある.ある土地の駅に違う土地の名前をつけるようなことが起きたら,それは冗談にもならないことであり許されないだろう.そのうち芸能人などの個人名が付いた駅名も出てくるかもしれないが,そこの住民がみなその人を支持しているわけではないだろう.会社名やブランド名が付くことも同じである.私がよく利用する「松本駅」に,「長野悪徳商事」(仮名)とかいう会社が命名権を買って「長野松本駅」に改称しますなどと言い出したら,松本市民は黙っていないだろう.(長野市と松本市の間には微妙な関係がある.)このような駅名は,明らかに人々の気持ちを踏みにじるものである.「地域に貢献したい」などと社長は言っているようであるが,駅名を改名することなど何一つとして地域貢献にはならないだろう.これを機にその会社は何某かの貢献を宮古駅周辺にしようとするのかもしれないが,その程度のことで人々が納得するとは到底思えない.今後その会社が不祥事を起こしたり,あるいは,年間の使用料を払わなくなったら,また駅名が変わるといったことになる.看板屋だけは儲かるのかもしれないが,ほとんどの市民には甚だ迷惑なだけである.そんな駅名改称には何の正義もない.
 また,命名権というやり方は,結局「持てる企業」に利用されてしまう可能性も高いだろう.持てる企業に従属する住民といった構図をイメージさせてしまうようになるのは,住民にとってはこの上ない屈辱であろう.
 三陸鉄道という会社は,自社の利益に夢中になるあまり,地元の住民感情を考えなさすぎではないだろうか.沿線の住民あっての鉄道会社ではないのか.そこは,越えてはいけない一線だったのではあるまいか.たかだか年間30万円で人々の地元への誇りと愛着を一企業に売り渡すなどもってのほかである.
先日,中学1年生のときの担任だったM先生からメールが届いた.30年にはならないが,そのくらい前の担任である.「もしかすると来るかも」という予感はあったので驚きはなかったが,それでもやはり懐かしかった.
実は今,私の姪っ子が,私が卒業した中学校に通っている.(ちなみに,部活が吹奏楽というところまで同じであり,私は現在の顧問の先生も知っている.)先日,春休みに帰省したとき,その姪っ子が定期演奏会のDVDを見せてくれた.今はDVDで残す時代になったんだなと隔世の感であった.そのDVDを見ていると,途中で学校長の挨拶ということで聞き覚えのある名前がアナウンスされたのである.「ん?それだれだっけ?」と思ったが,それが中1の時の担任だとすぐに思い出した.DVDに現れたのは,完全にメタボではち切れそうになったM先生であった.「あ~あ,20数年前は,かなり細身で,カマキリみたいだったから,○○カマというあだ名だったのにな.」 今の見かけは,SeinfeldでいえばNewmanみたいな感じとでもいおうか...笑.「しかし先生,出世したなぁ.」
姪っ子には,「実はこの校長先生が,中1の時の担任だったんだよ」と話した.
そしたら,先日,M先生からメールが来たのである.曰く,下校中の生徒に辻のことを知っているかと聞かれたそうである.M先生はネットで私のことを検索し,無事?このサイトにたどり着き,私の現況を認識されたらしい.姪っ子が直接話をしたのか,姪っ子が友だちに話をしてその子がM先生に話をしたのかはしらないが,ともあれ,そんな感じで30年ほど昔の担任から連絡をもらうことになったのである.
もうこのくらいではスモールワールドであることを驚かない.スモールワールドについては,随分と冷めた判断になってきたものである.しかし,懐かしさはこみ上げてくる.

IMG-2.jpg中1.いやー懐かしいけど恥ずかしい.思い出すだけで赤面しそうである.中1くらいで思春期のギアが入ったと思ったらスロットル全開になってしまった.ホントにもう一度やり直したい過去である.しかも,たぶん1学期の頃だったか,M先生に失恋の相談とかをしていたような覚えもある.いやー忘れてしまいたい,消し去りたい過去である.
しかしその頃の写真,痩せてるわー.これだけは,「あの日に帰りたい」(古)ですね.

M先生曰く,一度生徒たちの前で「ふるさとの先輩」として話をしてほしいとのこと.
即答で「行きます」と答えましたが,先生がそういう忌々しい記憶を残されていないか確認に行きたいという気持ちが大きいです.覚えてたら記憶を消してもらわねば...苦笑.
でも,あの頃のクラスメイトたち,どうしてるのかなぁ.吹奏楽の人たちも.

 日本人は,ベートーベンの第9好きだと言われています.#国際比較をしたわけではないので,真偽のほどは知りません.しかし,年末になると,毎日どこかでやっているのではないかというほど,第9,第9です.しかし,どうして日本人はそんなに第9が好きなのでしょうか.
 私自身はといえば,別に好きでも嫌いでもありませんが,ベートーベンの交響曲の中では長いので,途中でしんどくなるから,あまり聞きません.(某ランキング本では,フルトベングラー版が一押しですが,あの録音の悪さは私には苦痛です.もうちょっと聴くに堪える録音のものを聴きたいものです.)先日,東京から松本に帰ってくるときに,あずさの中で久しぶりに聞いていたところ,なぜ日本人がという問がふと解けた気がしました.これはあくまでも新説ならぬ珍説ですので,まともに受け取らないでほしいのですが,学生たちに話したらちょいウケしたので,書いてみる気になりました.それが,「第9=大読経大会」説です.
 第4楽章のあの有名なメロディ(92小節目,Allegro assai以降)ですが,あれが始まってまもなく,お寺で大勢の僧侶が集まって木魚を叩きながらお経をあげている様子が頭の中に浮かんできたのです.自分でも驚いたのですが,めちゃめちゃはまるじゃないですか.ほとんどが四分音符で進行していくところは,まさに木魚のオスティナートで,これだけ反復すれば悦に入れるなという感じだし,合唱で盛り上がる部分は,まさに僧侶が一斉にお経を唱える感じです.また,あのメロディは,あまり大きく音が上下しないので,それもまさにお経といった感じです.どう考えてもお経以外にありえません.それ以来,第9を思い浮かべると,同時にお坊さんたちが浮かんできて,もはやかき消せない感じになっています.いったい,私はどうすれば,この情景を頭から閉め出すことができるのでしょうか.
 いやしかし,もしかすると,日本人はみんな気づかないだけで,あのメロディを聴くと,日本人は無意識のうちに,それがお経であると感じているのではないでしょうか.だからこそ,12月になると,その年のさまざまな穢れをふるい落としたくなって,第9を聴きながら無意識にお経を唱えているのではないでしょうか.我ながら,ものすごくよいモデルのように思われます.この新説=珍説,いかがでしょうか.これでぼくも音楽評論家の仲間入りだ!?
DSC00510-2.jpg13日(月)の夜,研究室の有志で松本城にお花見に出かけました.
新2年生はさすがに新歓前でほとんどが遠慮したようですが,3年生を中心に,就活に嫌気のさした4年生を含めて10人強くらいが集まりました.
私にとっては,半年あまり松本にいて,松本城に入るのは初めてでした.(東京には7,8年いましたが,東京タワーには行ったことがありません...行きたいとさえ思わなかったですが....)6時半頃にお城の前に到着し,堀沿いのサクラを愛でたあと城内に入りました.お城もサクラもライトアップされていて,また夕映えも美しく,とても素晴らしい光景でした.
急遽準備した12畳ほどのブルーシートを広げて飲みました.先日新潟の長岡に行ったときに買ってきたお酒(あれ,何ていう銘柄だったっけ?)を持参しました.麹の少し残ったような半濁のお酒でしたが,このあたりのお酒にしては甘口で,日本酒好きの学生が知らないうちに平らげてしまっていました.
新年度が始まって,これで新年度モードに突入できるかなという気になれました.
ともあれ,ブルーシートは研究室に寄付しましたので,気候がよいうちに学内ででも何度か夕涼みをしたいものです.
http://www.shinmai.co.jp/news/20090407/a-6.htm
記事内容:
 日ごろあまり笑わない人ほどストレスを感じる傾向が強い-。県世論調査協会と埼玉県立大は6日、佐久市と青森県五所川原市で実施した「心の健康と生活」の報告書でこんな結果をまとめた。
 佐久市の場合、前年に比べて「あまり笑っていない」と答えた人は17・7%。「よく笑っている」のは19・7%だった。 「あまり笑っていない」人のうち、ここ一カ月間にストレスや悩みが「大いにある」と答えた割合は48・4%に上った。

コメント:
 初めて地元信濃毎日新聞(信毎)の記事を扱う.ウェブには上の内容しか載っていないが,新聞本体には,2~3倍程度の記事の分量がある.ウェブにはその抜粋版が上のとおり載っている.
 原文にせよ抜粋版にせよ,「いやー,ひどい分析だ」というのが率直な感想である.かなり典型的なミスを犯していると思われるからである.
 因果関係は,「笑わない→ストレスを感じる」なのか? 違うんじゃないの? 因果の向きはむしろ逆では? つまり,「ストレスを感じる→笑わない」ではないのか.
 全く情報がないのでわからないが,ここでいう埼玉県立大学の研究者って,ストレスの専門家か何かで,こういう研究をもとにして「ストレスを解消するためには笑えばよい」とかバカなことを言い出すんじゃないだろうかと想像する.そもそも「ストレスを解消するためには」なんて言う時点でストレスはすでにたまっているのでは.また,ストレスがたまっているのに無理して笑うというのも,外から見ていたらキモい.
 それ以上に,佐久市と青森県五所川原市との比較ってどういう意味があるんだろうか.なぜこれらを比較するの? これらの2つの地域を選んだ理由は? これらの地域にはどのような共通点があるの? また違っている点は何? そういう要因を統計的に統制しなくてもいいの? もう少し簡単な表現をするなら,「なぜ」2つの地域で笑う頻度やストレスの程度が違うのだろうか? それって何か地域的なさまざまな違いがもたらしている可能性があるんじゃないの? もしその可能性があるならば,そういった違いの1つ1つが地域による違いをもたらしている可能性について検討しなければならないのではないだろうか.場合によっては,地域の何らかの違いが,ストレスと笑うことの両方に効果を持っている可能性もあるのでは? 残念ながらそういう分析については何も書かれていない.埼玉県立大学の研究者はそういう分析をしているのかもしれない.それならば,問題は信毎記者が統計分析のセンスがないことになるだろう.どっちがよくないのか,どっちもよくないのかは,今のところ不明.
 ともあれ,記事の内容からしか判断できないが,おそらくこれは全く箸にも棒にもかからない無意味な調査だと思う.こういう調査を「フィールド汚し」と言うのだと思う.もうちょっとちゃんとした調査・分析をしてほしいと切に願う.これがうちの学生のレポートだったら,確実に不可だと思う.
Asahi.com 2009年4月3日22時43分

記事内容:

 自動料金収受システム(ETC)搭載車で数百キロの長距離を走行しながら、入ったインターチェンジ(IC)から出ると、料金がかからなかった事例が石川県内の高速道路であった。中日本高速道路金沢支社(金沢市)ではシステム改良を検討している。

 同支社によると、無料通行できた事例はETC車専用でゲートに係員が常駐しない「スマートIC」。北陸道の徳光スマートIC(同県白山市)から入り、東海北陸道の富山県小矢部市から名神高速道の愛知県一宮市などを通って、徳光スマートICから出ると料金が0円と表示されたとの情報が寄せられた。経路は 433.6キロで、本来の料金は9200円だった。

 「高速道路のみを周遊する使い方は想定外だった」と同支社は強調。現在のシステムでは青森など遠距離利用も可能とみられるため、システム改良を検討中だ。当面は利用者に走行経路を聞いて適正料金を請求するという。中日本高速道路全体では、利用実績から計9カ所のスマートICで無料利用があった可能性があり、調査している。

コメント:
 今回は久しぶりに謙虚な気持ちである.批判の矛先は,中日本高速道路でも,記事を書いた朝日の記者でもない.自分自身である.いや,決して申請していた科研費が通らなかったので自尊心が低くなっているとかいうのでもない.#多少自尊心は低まったかもしれないが,多くの人たちよりもなお高いだろう...苦笑.いや,そんなことはどうでもよい.ともかく,この記事,読んでいて心が痛んだのである.
 今をさかのぼること十年ちょっと.1997年頃であるが,私は独学でC++というプログラミング言語を学び始めた.当時バージョン1が出たばかりのBorland C++ Builderでである.これを親しくしていたJohn Boyd教授から薦められ,数百ページある「3週間で学ぶ」とかうたわれていたマニュアル本を買い,研究そっちのけでしばらくプログラミングを学んだのである.結局,未だにC++の何がよいのかとか言われても何もわからないが,ただBasicなんかよりも何となく格上の感じがするという程度である.それまでMathematicaをちょっとやっていたが,ループをグルグルまわしたりするのが遅すぎるため,やむなくC++に取り組んだのである.そして,何とかかんとか1つのプログラムを書き上げた.それが,PermNetというソフトウェアである.この私の最初のC++のソフトウェアだが,何と知らないうちに,かなり権威のある社会ネットワーク分析の本(Carrington, P. J., Scott, J., & Wasserman, S., 2005, Models and Methods in Social Network Analysis, Cambridge University Press)に載ってしまい,未だに海外からのダウンロードは多い.しかし,実はこれには未だに指摘されたことのない1つの問題点があるのである.しかも計算に関わるものである.それは変数の値がある値を越えると誤答を返してしまうのだ.しかし,その数がかなり大きいので,ほとんど場合実用上問題はないと思われるので,そのまま放置してしまっているのである.
 この記事を読んでハッとしたのは,想定外の使われ方をすることがソフトウェアやシステムには起こりうるということである.まさか途中で高速道路を降りずに一周してくるとかいうような使われ方は想定外だったのであろう.このことをどう考えるかであるが,ちゃんと対応して,つまりプログラムを修正して同じ間違いが起こらないようにするということもありうるが,もう1つは,「まあ,めったに起こらないことだから,そのときはそのときでしょうがない」と考えることにして,特に対応しないということもありうる.こういう場合,費用対効果で考えればよい.高速道路の場合,効果(といってもこの場合「損失」だが)は小さな確率ながら次第に増えていき,そのうちコスト(プログラムを修正するための費用)を上回るだろうから,修正するという判断になるだろう.
 しかしながら,PermNetはどうか.バージョン0.94で止まったまま十年以上経つ.これは,私が十数年前に「その部分」が気になって,それを修正したらバージョン1にしようと思いながら何もしていないでいるということなのである.すでに十数年前のC++ Builderが現行OS上で動くのかどうかも定かでない.やるとなればたぶん投資が必要で,今はそのようなモチベーションがない.しかもほとんど起こりえなさそうな問題に対応するためにである.これが個人がフリーで開発しているソフトの危うさである.近年,情報系の研究者の方とたくさん知り合ったが,そのうち誰かに学生さんでも紹介してもらって,安くで修正をしてもらった方がよいのかもしれない.ただまあ,ここでちょっとだけ気にはするものの,また十数年放っておくのだろうなという気がする.
 今日,新入生の人たちの顔を見た.しかし,他の先生のように,本を読めとかいうようなことは何も言わなかった.私としては数学を学べとか,プログラミングをやれとかいう気持ちもあるのだが,そんな言葉を発すれば,多くの文系の学生たちから敬遠されてしまう.私はそんなリスクは取らない.研究室に配属された学生の中でゲームとかアニメとかのオタクのやつがいたら,そうっとプログラミングを薦めてみようかとも考えているのだが,そういう系の人たちは,どうもお隣の分野に進みK先生のゼミに行くことが多いようである.まだしばらく数学やプログラミングを薦められる人が出てくるようには思えない.
 というわけで,今日の「とんでも君」は,私なのでした.プログラミングに関する一般的な問題に「バグ」があるが,その中には存在がわかっているバグと,わかっていないバグがある.私のソフトウェアの場合,バグの存在がわかっているのだから,私は上述のバグをフィックスした方がよい.わかっていてやらないのだから,かなりとんでもないことをしていると思う.しかし,高速道路の想定外の利用の仕方というのは,バグと言ってしまうのはやや酷な気もする.今回の高速道路のプログラミングの問題は存在がわかっていない場合に近いだろう.人間行動のあらゆる可能性を想像しながらプログラミングをするのは,ある意味人間科学のセンスがかなり必要であると思う.よいプログラマーとは,よい人間科学者なのかもしれない.その逆は全く正しくないと思うが.
...え,そんな結論かよって.論点をすり替えるなよって.ごめんなさい.でも,まだ当分逃げたい気分.

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