2009年10月アーカイブ

univ-autumn01.jpg 科研の申請などに追われてあっという間に10月が過ぎていき、気づいてみると信州では秋が終わりかけていました。学内の木々の葉もすでにかなり落ちてしまっています。2,3日前くらいが見頃だったように思いますが、一気に落ちてしまいました。最後の美しい色を記録しました(10月30日午後2時頃、人文学部付近よりあずみホールあたりに向けて撮影)。

追記(11/2):
 それから週末を越すと,めっきり寒くなりました.ついに冬がやってきたという感じです.
 ところで,昨年信州にやってきて,その秋に思い出した曲があります.グラズノフの「四季」から「秋」です.今年も紅葉の最盛期だった1,2週間ほど前から,構内を自転車通勤しながらこの曲が頭の中をめぐるようになりました.
 この曲を知ったのは,高校の時に一時期だけ入っていた宝塚市吹奏楽団で取り上げたからだったように思います.それ以来どこかに忘れていた曲でしたが,信州の豊かな紅葉を見ていると,昔の記憶が蘇ってきました.
 ロシアの秋も信州の秋と似ているのでしょうか.ロシアに行ったことがないので(そもそもロシアといっても広いですし...)向こうの秋がどんな秋なのか知りませんが,信州のようにつかの間の秋なのではないかと想像します.秋が短いほど,秋に対する思い入れが強くなるように思います(少なくとも私はそうです).その秋の収穫を祝う賑やかさや紅葉の豊かさを,グラズノフは情感をもった短い曲にしたのだと思います.
 私の感覚では,今日のように寒い雨が降ると,もうこの曲が似合う短い季節は終わってしまったように思います.『名曲・名盤』などに取り上げられることのない曲ですが,知らなかった方も来年の秋にでも一度聴いてみてください.幸せな気分で秋の紅葉が楽しめると思います.
 先日28日のことだが、鳩山首相の「あなた方に言われたくないと思います」発言をニュースで聞いて大爆笑した。福田元首相の「あなたとは違うんです」発言も相当笑えたが、今回もそれに勝るとも劣らぬ水準である。
 世俗から切り離されえない社会学者としては、毎日この社会の行く末を憂えない日はないが、失笑だろうが苦笑だろうが、たまには大笑いして福を招きたいものである。この発言、鳩山氏が民主党結党以来これまでずっと耐えてきたあらゆる事柄が凝縮され、もっとも端的に出た言葉だと感じられた。本当にすごい言葉である。
 そういう言い方をするのはいかがなものかという批判もあるだろうが、私としては、「まあそのー、何ですな」、「痛みに耐えてよく頑張った。感動した」ので、今回に限っては、全然OKということにしたい。ただ、味をしめて、これからもこういった答えばかりだとよろしくないと思う。
 でも、大爆笑したあと、この言葉を是非どこかで使ってみたいと思っている自分がいるのである。
 最近数年間、科学研究費補助金(科研費)の申請というのが、この時期の最大の仕事になっている。大学の関係者なら説明する必要もないが、知らない人のために簡単に紹介するならば、日本の研究者たちが獲得を目指す文科省と日本学術振興会が出している競争的研究資金である。いくつかの枠があり、研究者たちは自分あるいは自分の研究グループにとって適当と思われる枠に申請書を書いて応募するのである。その採択率は2~3割程度のようである。今年は、民主党政権になったために、2つの枠が急遽凍結された。私はその枠に応募する予定ではなかったが、その枠を狙っていた人たちが、こちら側の枠に流れてくることも予想され、当然採択率も下がるだろう。ともあれ、その応募時期は例年10~11月頃であり、その頃になると、全国の大学教員は、その申請書類の作成に日夜頭を悩ませることになるのである。
 何と言っても、申請書類を書くためには、かなり大量のエネルギーを投入する必要がある。グループを組んでやるなら、グループを組織するところから始めて、打合せのメール、メールで埒があかないときにはミーティング、そして枠によっては20ページくらいになる書類をみっちりと書かなければならない。この書類が年々必要な分量が増える傾向にあるところもポイントである。大学の新学期が始まって間もない頃と重なるので、いろいろな雑用が集中する期間とも重なり、軽い鬱になる気がすることもある。
 今年は、2つの科研費書類を書かねばならず、学内締切間際に数日間大学に泊まり込み状態になった。日中は、「先生、卒論がやばいです」という4年生の相談に乗りながら、「本当にやばいのは、オレの書類なんだけど」などと思い、「社会学概論」の授業では、これまで何とかして避けてきた社会学史を教えなければならないという不運とも重なった。(私は社会ネットワーク分析についての発展史の翻訳もやっているが、実のところ学史は好きではない。あまり賢くなった気がしないからである。そのように評価しているものを、学生に教えるのはかなり苦痛である。)
 毎年4月になると採択結果が届くのだが、ここ数年はうまくいっていないので、このところ春になると、毎年、前年の秋が恨めしくなる。「あれだけエネルギーを注ぎ込んだのに、あれは何だったのか」と。「あの時間があったら、他にどれだけいろいろなことができただろうか」と。
 「今年こそは何とか当たってくれ」と願をかけて提出した。...本来、「当てもの」ではないはずだが、気分はそんな感じ。ふだんは合理性とか何とか言っている自分だが、このときばかりは神頼み。どんな神様でもよいので、どうかお願い。書類書きからはとりあえず解放されたが、まだご加護があるかどうかはわからない。もうそこまで来ている冬が過ぎた頃、どうかご慈悲のお恵みがありますように。チーン。
10数年ぶりに、テニスを再開しました。
とにかくメタボ対策です。...ようやくです。
 前任校では週に3日徹夜とかあまりに過酷な状態で、脳を活性化するために甘いものを頬張り、コーヒーをポットに常備し、毎日1本アリナミンやらリポビタンやら眠眠打破やらにお世話になりながら何とか生きながらえるという状態で、そんな状態で運動などしたら死んでしまうわという感じでした。たぶんこの甘いものがくせ者で、これがどんどんおなか周りに付いてきたのだと思います。信大にやってきて1年。忙しいのは忙しいけど死ぬほどではなくなり、多少とも生活のリズムもできてきたところで、蓄積されてきた内臓脂肪を何とかしようという気になったのでした。
 しかし、メタボ対策に何をやるかが問題でした。妻にスポーツクラブに連れて行かれてエアロビもどきみたいなのの体験コースとやらをやってみたりしました。確かに全身運動でメタボ対策にはなるとは思いましたが、たぶん、これは飽きて続かないと思いました。また、そもそも筋力トレーニングのマシンみたいなのは私にとっては論外で、「あんなアメリカ人みたいなことやってたまるか」という強い嫌悪感があります。アメリカに留学していた私にとって、あのマシン類は、愚の骨頂にしか思えません。理由は単純で、「そんなに運動しないといけないなら、それ以前にそんなに食うなよ」ということです(さらに言えば、残ったものを捨てる量も半端ではないです)。アメリカの過度な消費文化の象徴のような気がして、そんなバカげたものを自分が使う気には到底なれないのです。それで、テニスですが、これは大学3年頃から始めて、留学中も時々やっていました。やっぱり楽しみながらでないと続かないだろうという気持ちもあったので、思い切って再開してみました。10数年ぶりです。少しやる気になってきたところで、先日研究室の合宿があって、そのときに本当に10数年ぶりにラケットを握りました。そうしたら、最初はボールがネットを越えないとかかなり唖然とする感じでしたが、次第に感覚が戻ってくる気配があり、これだったらまたいけるかもという感じがしたので、重い腰を上げるきっかけになりました。
 一度スクールの体験レッスンに行って、まずまずな感じがしました。そして今日からクラスが始まりました(正確に言えば先週からだったのですが、学会のため行けず、今日2回分(3時間)やりました)。体験のときに、「初中級でもよいが、最初は初級からやってはどうですか」と言われ、初級のクラスに入りました。いやしかし、体力の衰えを感じました。見栄を張って初中級にしなくてよかったです。体の柔軟性が落ちている。腕も膝も関節に若干違和感がある。たかがレッスンと思うが途中でばててしまう。そして3時間のレッスンが終わり、松本に戻ってきてこれを書いていますが、今、首と腰が特に筋肉痛です。いやしかし、この腰の痛み、内臓脂肪解消にはとても効いているのではないかと思います。ストロークを打つときなど、また様々な場面で、テニスは腰を回転させる運動や腰を落とす運動を繰り返します。これが、自分が今一番気になるところを集中的に鍛えている感じになるからです。週に一回程度ですが、少しずつ運動することで、多少ともおなか周りがすっきりしてくることを期待したいと思います。技術向上よりも前に、まずは体をすっきりさせるところからですね。
 そういえば、昔は、右腕と左腕の太さが違いましたが、今はほとんど変わりません。たぶん右腕の筋肉が落ちてしまったのだと思います。これがまた昔のように変わってくるころ、おなか周りは細くなってくれていることを期待します。
 9月の数理社会学会と、10月の日本社会学会で、発表してきました。
 テーマは、昔話「三枚のお札」のヴァリアント(異本)の分布と、通婚圏との重なりが統計的に(分析的に)析出できるかというものでした。たぶん、社会学会においては「際物」という感じのものなのだと思います。たまに、思いつきのアイディアに本気で取り組むと際物ができてしまいます。
 オーディエンスは、何だか遠巻きに見る感じ。愛想笑いをしてスルーという感じに思えました。しかし、私としては、結構本気度は高いので、ともかく1本論文を書くつもりです。

 論文を書くつもりなので内容の詳細は書きませんが、分析をしながら、「逆レヴィ=ストロース」(共通点ではなく差異に注目する)とか「現代的神話分析」(職人芸ではない誰がやってもできる神話分析)とか思ったりしていました。しかし、たぶん、聴いていただいた方には、十分に職人芸に思えたかもしれません。
 いやしかし、この分析はともかく面白かったです。とにかくこんなこと誰もやってないということをやるときには、全てが真っ白なキャンバスに、どこからでも絵を描ける状態とでも言うのでしょうか。地道に巨人の肩の上に立って仕事をすることも大事ですが、たまに何にも囚われず、自由な発想で研究をしてみたくなります。言うなれば、大学院に進まないつもりの自由奔放な4年生が書く卒論のノリとでもいうのでしょうか。4年生を指導していると、たまに、アイディアはすごいけど、どうやってやるの?と思えるテーマが出てくることがあります。私の気持ちは、まさにそんな感じでした。

 問題は、オーディエンスが少なかったこと。際物を聴いてやろうという人はあまりいないのでそれは仕方ありませんが、そのため、これで座布団何枚くらいもらえるかを感じ取れなかったのが残念です。自己満足だけではいけません。ともかく、論文にしてみます。

 去る9月2日に県内6市町村の一般住民の方々に送り出した「文化的イベントの心理・社会的影響に関する調査」は、10月7日の時点までに、暫定ですが半数を超える方々から回答をいただくことができました。ご協力いただいた方々に感謝いたします。また、もしまだアンケート用紙をお手元にお持ちの方は、締切日は過ぎておりますが、ご回答をお寄せいただければ幸いです
 ともあれ、半数以上の方々からご協力いただけましたので、胸をなでおろしているところです。欲を言えばもう少しという気持ちもないわけではありませんが、それは欲張りすぎなのかもしれません。ご回答いただいた900通にも上る質問紙の束を見ると、その分量に圧倒されます。
 さて、これからは、データ入力と分析に移っていきます。分析は楽しみではありますが、その前のデータ入力作業は、実は相当な苦行です。今月いっぱいは頭痛と肩こりに悩まされる日々が続きます。

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