昨日の卒業式。学長の話は最悪の部類だった。
まず、現代の社会状況が暗いという認識に立つ。まあ、そこまではよいだろう。その上で、信州大学にとって先のオリンピックでOBと現役の学生たちが活躍したことが明るい話題だったとする。そして、次に活躍するのは君たちだと来た。何、その薄っぺらい言葉。がんばれば何とかなるみたいな言葉は、現在まじめに生きている学生にはちっとも響かないだろう。人生の「あがり」に到達した学長に、学生や一般の人々がいかに苦しんでいるのかなど理解されていないのではないかと不信感をもった。言及された3人のオリンピック選手も、そういった取り上げられ方をするのは、決して望まないのではないか。何か、学長の話の取り上げ方は、うちの大学にとって宣伝になったというような雰囲気しか感じられず、あまりに即物的な印象が強かった。
しかも、工学部からの学長ということもあるのか、技術立国論をぶつ。新しい技術革新によってしかこの社会状況を打破できないと。本気かよ。オレは確かに聞いたぞ。それ「しかない」と。ここは工学部の卒業式じゃないんだよ。もう少し他の学部、特に文化系の学部の教育内容にも配慮したらどうか。というか、文化系の学部の存在意義について全く理解できていないのではないか。しかも、大学で学んだ「正義」を活かしてなんておっしゃる場面もあったが、学長の考える「正義」とは何かと問い詰めたかった。
それから、「環境マインド」とかいう言葉にもふれていたが、卒業生たちが環境マインドを持てば、また、それが日本全国に広がれば、日本はよくなるみたいな言い方も失笑ものであった。そんな簡単に広がるものだったら、誰も苦労してないよと。「社会的ジレンマ」って知ってる? と問い詰めたかった。あまりにもおざなりな話は苦笑を越えて失笑を禁じえなかった。
推測だが、古い技術立国論では受けないと思って、環境マインドなんていう話を持ち込んだのだと思う。しかし、オバマ政権などに顕著なように、学長の話も、環境技術で世界を先導できるようになれば、経済を立て直すことができるといった、結局あくまでも金儲け主義的な発想でしかないのではないかという臭いがした。環境の中に住む人々の生活や文化へのまなざしのようなものへの言及は一切なかったからである。それが工学人的発想なのか。そうは思いたくない。環境を経済・政治の道具として扱うことには、端的に賛同できない。
今日の「信州毎日新聞」も記事を書くのに相当に悩んだものと思われ、学長が「バンクーバー冬季五輪に在校生、卒業生合わせて3人が出場したことに触れ、「次に活躍するのはあなた方」と激励」くらいしか書いていない。あまりのひどさに書けなかったんだと思う。それに比べて、卒業生を代表して謝辞を述べた人文学部の学生の文章の方が比較にならないほど感動的ですばらしかった。
とりあえず、学長には、専門外のことについてももう少し勉強していただいて、学生を小馬鹿にしたようなおざなりな話は金輪際やめていただきたいと思う。4月の入学式には、もう少しまともな話を望みたい。
まず、現代の社会状況が暗いという認識に立つ。まあ、そこまではよいだろう。その上で、信州大学にとって先のオリンピックでOBと現役の学生たちが活躍したことが明るい話題だったとする。そして、次に活躍するのは君たちだと来た。何、その薄っぺらい言葉。がんばれば何とかなるみたいな言葉は、現在まじめに生きている学生にはちっとも響かないだろう。人生の「あがり」に到達した学長に、学生や一般の人々がいかに苦しんでいるのかなど理解されていないのではないかと不信感をもった。言及された3人のオリンピック選手も、そういった取り上げられ方をするのは、決して望まないのではないか。何か、学長の話の取り上げ方は、うちの大学にとって宣伝になったというような雰囲気しか感じられず、あまりに即物的な印象が強かった。
しかも、工学部からの学長ということもあるのか、技術立国論をぶつ。新しい技術革新によってしかこの社会状況を打破できないと。本気かよ。オレは確かに聞いたぞ。それ「しかない」と。ここは工学部の卒業式じゃないんだよ。もう少し他の学部、特に文化系の学部の教育内容にも配慮したらどうか。というか、文化系の学部の存在意義について全く理解できていないのではないか。しかも、大学で学んだ「正義」を活かしてなんておっしゃる場面もあったが、学長の考える「正義」とは何かと問い詰めたかった。
それから、「環境マインド」とかいう言葉にもふれていたが、卒業生たちが環境マインドを持てば、また、それが日本全国に広がれば、日本はよくなるみたいな言い方も失笑ものであった。そんな簡単に広がるものだったら、誰も苦労してないよと。「社会的ジレンマ」って知ってる? と問い詰めたかった。あまりにもおざなりな話は苦笑を越えて失笑を禁じえなかった。
推測だが、古い技術立国論では受けないと思って、環境マインドなんていう話を持ち込んだのだと思う。しかし、オバマ政権などに顕著なように、学長の話も、環境技術で世界を先導できるようになれば、経済を立て直すことができるといった、結局あくまでも金儲け主義的な発想でしかないのではないかという臭いがした。環境の中に住む人々の生活や文化へのまなざしのようなものへの言及は一切なかったからである。それが工学人的発想なのか。そうは思いたくない。環境を経済・政治の道具として扱うことには、端的に賛同できない。
今日の「信州毎日新聞」も記事を書くのに相当に悩んだものと思われ、学長が「バンクーバー冬季五輪に在校生、卒業生合わせて3人が出場したことに触れ、「次に活躍するのはあなた方」と激励」くらいしか書いていない。あまりのひどさに書けなかったんだと思う。それに比べて、卒業生を代表して謝辞を述べた人文学部の学生の文章の方が比較にならないほど感動的ですばらしかった。
とりあえず、学長には、専門外のことについてももう少し勉強していただいて、学生を小馬鹿にしたようなおざなりな話は金輪際やめていただきたいと思う。4月の入学式には、もう少しまともな話を望みたい。

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