2010年8月アーカイブ

 最近,新書版で,和製英語や,日本人の英語の癖について取り上げるものが多くなっている気がする.これらは,先日立ち寄った書店で見つけたものを,あまり吟味することなく買ったものである.

 留学を経験した私であるが,常々,専門の論文の英語よりも,日常の英語の方がずっと難しいと思っていた.問題は,英語にもあるニュアンスである.ここで取り上げた2冊は,いずれもそういった点について,具体的な例を挙げてニュアンスを解説してくれる.受験英語では到底学べない内容である.こういった本がもっと早くからあれば,留学中のさまざまな行き違いも避けられたことがあったかもしれない.実際,文法が間違ってはいないはずなのに,けげんな顔をされたりすることが,留学当初はしょっちゅうあった.本書を読むと,「ああ,そういえば,こういう言い方をしたときに,変な顔をされたなぁ」と思うことが多かった.その意味で,これらの本の内容は,私が数年間留学をしていて現場で学んできたものとほぼ同じで,かなりの部分は首肯できるものであった.海外に出て行く予定のある人などは,持っておいて損はない.全体的には,よく書けているという印象であった.

 いくつか注文をつけるとすれば,同じフレーズでもイントネーションに注意せよといったことが書いてあるところが結構あるのだが,実はそれをイメージできるかどうかは,結構難しいかもしれない.私も留学していたから,ああじゃなくてこうなんだよな,と想像できるのだが,ただ「注意せよ」だけでは,注意のしようがないのではないだろうか.願わくは,CD-ROM付きの方がよかったと思う.ただ,新書版という制約上,これは無理なのかもしれない.
 それから,シチュエーションは一応説明されてはいるし,全体としては書き言葉より話し言葉について書かれているのだが,書き言葉として利用可能かどうかといった指摘があってもよかったかもしれない.誤ってそのとおり書き言葉で書いてしまうと,意味不明とかいうものもある.
 またシチュエーションについて言えば,たとえば愛の告白のフレーズなんてのもあったが,このあたりになると,日本人だってそうだが,かなり好みがあるものである.著者2人の年代も気になるところである.私の感じたところでは,推奨されているフレーズは,少なくともティーンエイジャー向きではなさそうだし,やや無難すぎるかな,やや内向的すぎるかなといった感じがした.

 たぶん,こういった本はどれもそうだと思うが,実際には,紹介されているフレーズを参考にしながら,実際には自分で実際の状況に合わせて変化をつけていかなければならないのだと思う.スタンダードはあくまでもスタンダードなのである.(もっとも,スタンダードとは何かといった議論もありえるが,私は英語の専門家ではないので,そのあたりはパスしたい.しかし,留学経験があるので,ある程度のスタンダード「らしさ」はわかっているつもりである.)
 自分が好ましいと思う自己像のとおりに英語でも自己表現したいとすれば,ものの言い方とそのニュアンスについて無関心ではいられないだろう.これらの本で予習した上で,見せたい自分のとおりに表現するにはスタンダードからどのように味付けするのがよいかを考えてみるのも面白いと思う.ただ,そういったことは,実際に現地で手探りをしてみて,相手からの反応を見ないとわからないものだとは思う.
 いずれにしても,こういったテーマは,意外にも難しくも興味深い問題の一端を表しているように思われた.

6月末から7月初旬にかけてイタリアに行ってきたが,その中で,日本の過疎地域の公共交通の参考となるかもしれないものを見たので,記録にとどめておきたい.
それは,コンテナ1つを引っ張っていた公共のバスであった.

日本の過疎地域は,採算が取れないので,バスなどの公共交通が撤退していくというのが,よくある姿である.しかし,コンテナを引っ張る,あるいは,貨車を引っ張るというのは,多少なりともバスの運行のために貨物業者から対価が入ってくることを示している.また,バスは定期的に運行されるから,定期的に荷物が届くという貨物業者・利用者にとってのメリットもあるだろう.

別にイタリアのとおりにやる必要はない.バスに空席が多いようなら,バスの後方を荷台にするという手もあるだろう.いろいろなアイディアを出して,過疎地域への公共交通を確保しないといけない.日本では思いもかけないバスとコンテナの組み合わせであるが,それを一度見てしまうと,自分の発想が貧困だったことを思い知る.さまざまなアイディアを模索できればと思う.
6月末から7月にかけてイタリアのRiva del Gardaで行われたSunbelt XXXに行ってきた.
景色もよかったし,本場イタリアンの味はガーリックでごまかさないのだということがわかったりと,本当によい学会だったのだが,インパクトという意味でいうと,バスの中で出会った酔っ払いのおっさんほどインパクトのあったものはなかった.
そのときには,思わずtwitterで実況中継もやった.そのうちログが消えてしまうだろうから,その熱気をとどめておこう(日時は,日本時間).

---ここから---
2010年07月04日(日)

ローカルのバスの中なう。酔っ払いのおっさんらがやりほうだい。運転手が叱るとおっさん逆切れ。バス止まる。やれやれ。
posted at 02:44:25

いろんな人が止めに入って、すごいことになっている。一番強そうな兄ちゃんが、他の乗客に向かって、英語でソーリーだって。日本でもありそうな光景。
posted at 02:50:30

イタリアに来て一番インプレシブな事件 笑
posted at 02:52:12
---ここまで---

湖水浴帰りなのか,酒に酔った上半身裸のおっさんが,手すりにぶら下がって器械体操まがいのアクロバットをやらかしたり,車内で酒を飲もうとしたところ,「車内は飲酒禁止だ」(イタリア語はわからないがたぶんそういうことだと思う)とバスを止めて注意しにいった運転手に逆ギレし,その後しつこく何度も運転手に絡みに行ったり,全く無関係の優しい淑女になだめられたり,インド系の男性に絡んだり,やりたい放題,し放題.日本では,ここまでのレベルの酔っ払いは見たことがなく,サンプル数1で恐縮だが,「ああ,イタリア人って何かすてき」と思ってしまった.

また,そのおっさんの知り合いなのか家族なのか知らないが,ともかく,そのおっさんの「身内」みたいな人が数人乗っていて,おそらく妻とおぼしき人が,かなりの剣幕で「いい加減にして」とか(イタリア語はわからないがたぶんそういうことだと思う)注意するのだが,おっさんは,そのときには「わかったわかった」みたいなそぶりを見せるのだが,すぐにまた暴れ出すという繰り返しだった.あまりに状況がひどくなると,身内の中の一番がたいが大きくて強そうな兄ちゃんが飛んでいって「おいやめろよ」というようなことを言うと,一時的には少し大人しくなる.
ここで特筆すべきことは,その身内が,一切体を張った制止をしなかったことだ.あくまでも注意するだけ.一切体には手を掛けないのである.これこそが最もインパクトのあったことだった.妻とおぼしき人も鼻と鼻がくっつくような感じで注意するのだが,手は触れないのである.
なぜそうなのか,よくわからなかったが,これが彼らなりの他者に対する尊厳の認め方なのか.これがイタリア流,あるいは北部イタリア流個人主義なのか.

と来たところで,いきなりパットナムの話になるのだが,Riva del Gardaは,イタリア北部のリゾート地である.見たところおっさんらは観光客ではなく地元の人がちょっと一日湖水浴に来たという感じがした.やり放題のおっさんが存在し,しかしそれを真剣に怒りながらも手は出さないというのは,イタリア北部で民主的制度が発展していることと何らかの関係があるのだろうか.
酔っ払いのようなぐちゃぐちゃな話で申し訳ないが,酔っ払いのおっさんから民主的制度の話は,あまりにもギャップがありすぎるか.そうかもしれないし,意外にそうでもないのかもしれない.とにかく,記憶に残りいろいろと考えるネタにはなったおっさんであった.

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